《MUMEI》

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居ても立ってもいられず、急いで隣の棚の通路へ入り込み、遠くにいる憂のもとへ駆けつける。騒々しい俺の足音に気づいたのか彼女は鬱陶しそうに顔をあげ、しかし慌ただしく駆け寄ってくる俺の様子に何かしら只ならぬものを感じ取ったのかその表情を強張らせる。

「…アイツが来た!」

憂が口を開く前に俺はそれだけ言った。彼女は何も答えない。ただ固まったように俺の顔を見つめている。

「アイツが来たんだ!さっき隣の棚で俺の方に近寄ってきて、鏡に…あ、あの鏡に写ってたんだ!」

天井からぶら下がっている鏡を震える指で差しながら俺はまくし立てた。焦りと苛立ちについ声が荒くなる。ほとんどパニックだ。

確かに今日が俺のリミットで、女が姿を現すのは頭でわかっていたが実際に直面すると冷静でいられない。穏やかに過ごすという決意も一瞬で吹き飛んだ。


今の俺にはただ恐怖しかない。

《写り込む女》に殺されるという恐怖しか。


しかし憂はすぐにいつもの無表情に戻り、あらそう?と軽い様子で受け答えてから俺の背後を見やる。

「誰もいないわ、気のせいよ」

何てことない様子でそう言いきり俺から顔を背けると再び正面の棚に向かい合って本を探し始めた。まるで他人事だ。いや、他人だから仕方ないかもしれないが、これではあまりにも素っ気ない。

「気のせいじゃない!間違いなくいたんだ!俺を追いかけて来てるんだよ!」

腹立たしさをぶちまけてみたが無駄だった。憂は素知らぬ顔で棚から本を一冊抜き取ってその表紙を眺め、また棚に戻す。

「気にしすぎだわ」

「君は見えないからだろ!?」

「ええ、見えないわ。だからそこには誰もいない」

俺の責め立てる声にも怯まず淡々と返しながら彼女は本を抜き取っては戻す行為をまだ繰り返している。

そして、


「《写り込む女》の都市伝説を覚えてる?」


突然、何の脈絡もなく穏やかに問いかけてきた。

いよいよ俺は頭にきて吐き捨てるように答える。

「そんなこと話してる場合じゃ…!」

「《写り込む女》は、何もしないわ。その姿をただ、写り込ませる。それだけ」

俺の声を遮って彼女は呟いた。その間も彼女はこちらへ目も向けず、棚から本を抜き取りその表紙を愛しそうに眺める。

「なのになぜ、目撃者が1週間後に自殺するのかあなたはわかる?」

「姿が見える人間をターゲットにして死ぬように追いやるからだろ」

まさに今の俺のように。


それはさんざん昨日彼女と話し合ったはずだ。



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