《MUMEI》

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そこで憂はまた口を閉ざした。少し首を傾けた仕草は、俺の言葉を否定しているように見えた。

彼女は持っていた本を静かに棚に戻し、細い指でその背表紙をゆっくりと撫でる。

やがて、

「原因は別のところにある」

そう言って、憂はゆっくり振り返った。妖しげな光を湛えた二つの瞳はまっすぐ俺に向けられている。


一瞬の間のあとで、


「『恐怖心』よ」


静かにその言葉を口にした。俺は眉をひそめる。

「恐怖心?」

繰り返すと彼女は頷いた。

「《写り込む女》の姿を見たものは1週間後に自殺する。その都市伝説を知っていれば、なおさらその恐怖は増すはずだわ」

憂は俺から目を逸らし、再び棚と向き合った。そのまま話を続ける。

「女の姿を見かける度に、目撃者は知らないうちにその呪縛にがんじがらめになる。一種の自己暗示のようなものね。彼らはきっとこう考えるんじゃないかしら。1週間後、どうやって自分が死ぬのか。それしか考えられなくなるの…今のあなたみたいに」

彼女はまた本を手に取った、じっくりと表紙を見つめてまたもとに戻す。

「でも見えない人間は違う。初めこそ都市伝説に怯えはするけれど、待てど暮らせど女は現れない。そのうち恐怖心も消える。当然ね、たとえ女がそばにいたとしても見えないんだから」

彼女はうつむいた。長い髪の毛が肩から滑り落ちて顔を隠す。

「見える人間は最終的に恐怖心に負けて命を落とす…これが都市伝説の真相よ」


俺は黙って憂を見つめていた。彼女はそれきり口を閉ざし、顔を上げようともしない。



つまり、

《写り込む女》は、意図的に人間を殺すわけではない。

その女に対する『恐怖心』が、死に至らしめる。



「…恐怖心に打ち勝てば、助かるってことか」

ぼんやりと俺は呟いた。彼女は少し頷き、たぶんね、と答える。

「あくまで可能性の話だから確証はないけれど」

不意に憂は顔をあげた。まるで何かの気配を察したように。



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