《MUMEI》
彼女の温もり
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彼女はゆっくり視線を巡らせて、俺の方へ顔を向けるが、その瞳は俺をすり抜け背後に見つめている。今まで見たことがないような険しい目付きだった。嫌な予感がする。

彼女の視線に導かれるように俺もゆっくり後ろへ振り返った。



そして、息を呑む。



少し離れたところに女が、立っていた。


散切り頭のようなボサボサのショートヘアに、血のように赤いワンピース。枯れ枝のような手足は所々茶色く変色している。こんな間近で、しかもはっきり姿を見たのは初めてだった。


眼球がない空洞の眼窩が、しっかりと俺達に向けられていた。



間違いなく、俺を悩ませる《写り込む女》だ。



いつもと違うのは、女が何かに写り込んでいるわけではなく、実際に俺の目の前に立っていることだ。


―――殺される!


俺は後ずさった。しかし身体が思うように動かない。情けない話だがあまりの恐怖にその場から離れることができなかったのだ。


女は俺を見つめている。視線をそのままにしてゆっくりと足を前に踏み出す。女が歩く度に眼窩の縁から流れ落ちる血がポツポツと顎の先からこぼれ落ちた。

恐怖で身体が震え出す。喉がカラカラに乾いて声も出せない。また一歩、女が距離をつめた。冷たい汗が背中を伝って流れ落ちるのがわかる。


やめろ。

こっちに来るな。


心の叫びも虚しく、女は再び前に足を踏み出した。俺と女の間にはもうほとんど距離がない。我慢できなかった。


恐怖心に耐えきれず、迫り来る女から逃げようとして、身じろぎしたときだった。右手が柔らかい何かにつかまれた。安堵するような生々しい温もりが肌を伝い、そこで俺は我に返り、勢いよく振り返った。

隣にいたのは憂だった。見えないはずなのに彼女は女の方を見つめながらも、俺の右手をしっかりと握りしめている。

呆然としている俺に、彼女はこちらを見ないまま、囁いた。


「あなたは死なせない」


唄うようななめらかな憂の声が鼓膜に響き渡ったそのとき、

目の前にいた女が突然勢いよく俺の方へ近寄ってきた。何かを求めるように両腕を前へつきだし、悲痛な表情を浮かべて。女の顔が俺の鼻先まで近づき、なすすべのない恐怖から悲鳴をあげそうになった。



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