《MUMEI》 . なるほどね、と彼は興味深そうに頷いた。 「取り合えずそういうことにしときましょ。別に君と宗教云々についてディベートしにわざわざ出向いたわけじゃないんでね、こっちも」 嫌な感じの言い回しに、俺はドアを閉めようと力を込めたが榊原がそれを阻んでいるため、びくともしない。優男の風貌のわりに力はかなりあるようだ。 「一体、何なんだよ!?」 埒が明かない現状に苛立ち、尖った声で言うと榊原はせせら笑って、 「僕のこと、覚えてない?」 自分の顔を指差しながら尋ねた。満面の冷たい笑顔で。 覚えて…? 俺は自然と首を捻った。榊原をどこかで見たことがあるような気がしたのは確かだが、結局思い出せない。 その仕草をみた榊原はにっこりした。 「あ、やっぱり?学校でも全然素っ気ないし、もしかしてって思ってた」 アハハと笑い声をあげるが、どこか乾いて聞こえる。 「でも仕方ないかー。関わったのもほんの短い間だけだったからねぇ、残念だけど」 勝手にひとりで納得したような顔をする榊原だが、一向に俺には解せない。 「誰なんだ、お前…」 呻くように尋ねると、彼はまたにっこり笑い、 「もう9年も前になるのかな…小学3年生のとき、半年間だけ同じクラスにいたんだけど。今日みたいに僕が転校してきて」 それだけ言って口を閉ざす。そこからは自分で思い出せということらしい。 9年前。 小学3年のとき。 転校生………。 記憶を掘りさげて必死に思い起こす。様々な思い出が断片となって頭の中を駆け巡った。 古い小学校の旧校舎。長く続く薄暗い廊下。理科室のホコリをかぶった標本。内臓がもがれた人体模型。 ―――それに触れようと伸びる小さな子供の手。 そこでハッと思い至る。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |