《MUMEI》 月も高く昇った深夜 取り敢えずは休んでおけとの少女の言葉通りに仮眠を取っていた井原 だが、唐突な息苦しさに苛まれ、目が覚めてしまう 加えて、耳の奥に聞こえてくるヒトのざわめき 「……アレの、所為か」 井原にはその全ての原因に思い当たる節があった 昼間に口へと押し込まれた紫陽花 土臭いあの味は未だ井原の舌に嫌な後味を残す その所為で改めて寝に入る気が失せてしまったのか ゆるり寝床からでた井原は、何故かおて度がも開いている事に気付く 不信に思い、その隙間から外を伺って見れば 其処に、少女の姿があった 唯、何をするでもなく其処に佇む 「月が、綺麗」 井原の気配に気づいたのか、僅かに振り返り 横に来いと、手招きをされた 拒む事も出来たがそれは敢えてせず、少女の傍らへ立つ 不気味なほどに静かな夜 広がる夜の黒を、何気なく眺めていると 背後に、何かの気配を感じ 井原がゆるり向いて直る 「……心地の良い静寂を乱すはお前たちか?」 其処に居たのは、少女の屍を腕に抱いている老婆 切断された筈のその四肢は その身体に咲く紫陽花、それから伸びる蔓の様なソレで心許無く繋げられている 「ヒトなど、要らん。屍さえあれば、ヒトなど……!」 「……だから、全てを屍にする?」 「そうすれば、儂らは誰からも蔑まれる事はない」 随分と自己欲に塗れた返答 此処まで来れば呆れるを通り越して感心すらしてしまう 「ヒトは生ける屍、死に体であるえある儂を踈み蔑んだ。まるで汚らしいモノを見るかの様に」 何も返さずにいると、改めて始まった語り その眼は、虚ろ 何処を、そして何を見ているのか、視線が定まらない 「だから儂は全てを死に体にする。皆が同じになってしまえば儂一人が蔑まれる事はない」 言い終わると同時に 老婆は少女の身体を横たえ、口付ける 深い交わり、そしてその最中に倒れ伏すろうばの身体 ソレをもう一方の身体が受け止めていた 「……身借り、したの」 少女の苦い声を傍らで聞き 井原は改めてその様を見やる ぞんざいに繋ぎ合わされた身体 虚ろな色しか見せなかったその眼が瞬間、厭らしい笑みに歪んだ 「……宴の、始まりじゃ」 その声をまるで合図に ソレまで真に静かだった街中に絶叫が木霊する 「婆、何を……!?」 「知れた事。ヒトを殺し、新たな死に体にしてやるのよ」 狂人の様に悦に入った顔 否、(様に)ではなく、既に狂っているのだ ヒトを皆殺し、屍だけの世を望む だがそれも、自らが生を営んでいくための手立てでしかない 全ての人が逝き、全ての死に体が朽ち果てた時 後に一人残り、何を思うのか 知る術等無ければ、知りたいとも思わなかった 「それは、婆の意思。私のじゃ、ない」 苦く呟く少女の声 「私は、そんな事――!」 言い終わる前に少女は脚元の土を蹴り、老婆を地べたへと引き倒す 組み敷いた老婆は唯薄く笑みを浮かべ、少女の成す処を見るばかりだ 「……あの男と居る間に、ヒトに感化されたか」 「……そう、かもしれない」 「ヒトの世に儂らの居場所などない。それでも、ヒトの世を求めるか?」 嘲りを向けられ、だが少女は答えを返してやる事はせず 「……それが、世の摂理。私達には私達の居るべき場所がある」 「今更何を言う。お前とて望んでいただろうに」 「……」 否定も肯定も、しなかった だが、少女はすぐに首を横へと振って見せ 井原の方を僅かに見やる 「私は、何かを(想う)事を覚えた、から」 自らの内に芽生えた初めての感情 本人さえもソレに戸惑っているのか、僅かに驚いた様な表情だ 「……私はもう、婆に従うだけの死に体はやめた。私は、私の意志で動く」 ソレは一瞬で消え、その眼には言葉通り強い意志が宿る 「……生意気な眼をする。使えぬ死に体など、必要ない!」 怒りに逆上した老婆が土を抉るほどに蹴りつける その手には小刀 切っ先が迷うことなく少女へと向けられていた 薄い喉元の皮へと刃が宛がわれ、そこに朱の筋を微かに残せば 刃が不意に其処から退いていた 「……?」 痛みに苛まれる筈なのに、と眼を開く少女 目の前に井原の姿を見、その手が刃を握りこんでいる 「何、して……」 前へ |次へ |
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