《MUMEI》
食えない性格
.


榊原を連れてリビングに入ったタイミングで、キッチンからちょうど母親が顔を覗かせた。俺がなかなか玄関から戻らないので気を揉んでいたようだ。

「あら、お客さん?」

俺の隣にいる榊原を見て母親が呑気な声で尋ねる。榊原は母親に向かって余所行きの完璧な悩殺スマイルを浮かべた。

「はじめまして、こんな時間にごめんなさい。僕、灰谷くんの『お友達』の榊原 高巳です」

やたら強調された『お友達』の言葉に俺は眉をしかめる。しかし何を言っても口の上手いコイツには敵わないことを昔の付き合いで嫌というほど知っているので黙っていた。

母親は榊原の言葉を疑うことなくしかも、あらそうなの?となぜか嬉しそうだった。

「圭吾にこんな礼儀正しいお友達がいたなんて知らなかったわ。ゆっくりしていってちょうだい。あ、そうだ。飲み物用意するわね。緑茶と紅茶くらいしかないけれど、榊原くんはどっちが好き?」

母親が一息に捲し立て、さらに余計なことまで言い出したので俺は目眩がした。このままだと夕食も一緒に、と言いかねないテンションだ。ことにそれは榊原がアイドル並みのルックスであることが理由だろうが。

しかしそれは杞憂だったようだ。

「いいえ、結構です。ご迷惑でしょうから話が済んだらすぐに帰ります。家の者も僕の帰りを待ってますので」

榊原は笑顔を崩さず、角が立たないやんわりとした口調で、しかしハッキリと母親の申し出を断った。母親は残念がったが、食事の支度中だったのでじきにキッチンへと戻っていった。

リビングから母親が消えてから、榊原はクスッと小さく笑う。

「誰かさんとは違って歓迎してくれたみたいだね」

先ほどの玄関先のやり取りをざっくり揶揄してそんなコメントを残す。俺は榊原を半眼で睨んだ。

「お前は昔から人に取り入るのが上手かったよ」

「何気に失礼だよね、灰谷って。それは僕の日頃の行いによるんだと思うけど」

批難の言葉とは裏腹に榊原はとても楽しそうだった。



.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫