《MUMEI》

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リビングの中央へ移動すると、榊原は断りもなくソファに滑り込んだ。どっかりと腰を降ろし陣取っている。仕方なしに俺は彼の向かい側のソファに座った。

俺はキッチンの母親の様子を伺いながら口を開く。

「…今までどこに行ってたんだ?」

その質問に榊原はわざとらしく腕を組んで、うーん、と考え込むようなポーズを取る。

「青森、福島、京都、奈良、岐阜に長野でしょ、それから石川、東京…ってなカンジで日本全国津々浦々、いろーんなところに行ったね。ついこの間まで和歌山の熊野にいたんだ。結構良い勉強になったよ」

熊野…いよいよそこまで昇りつめたか。俺はため息をつく。

「相変わらずだな」

「そりゃね、そういう星のもとに生まれちゃったからコレばっかりは仕方ないよ」

おどけてぶった口調でそう言った。


間もなくして母親が二人分の湯飲みをトレイに乗せてリビングに現れた。

「いらねーって言ってただろ」

呆れて愚痴をこぼすと母親は眉をひそめた。

「お客さんに何も出さないなんて失礼でしょ!」

怒ったように言いながら、湯飲みをそれぞれの前に置き、それじゃごゆっくり、と榊原に対して微笑み、またキッチンへ戻った。

母親の背中を見つめて榊原がクスクス笑う。

「…お母さんは、仏教の施しの精神をちゃんと心得ているようだね」

今度は、俺とは違って、とあえて付け足さないことで俺を皮肉っていることを俺だけにわからせる。どうにも食えない性格だ。

「ホンットに嫌なヤツだな、お前は!」

「ホメ言葉として受け取っとくよ」

榊原はまた乾いた声でケラケラ笑った。



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