《MUMEI》

 桜の花びらが散る光景が美しく、見事なことから、桜舞いの村と呼ばれる辺境の土地がある。
 花が咲くこの時期、村一番の大通りには特別な市がたつ。
 辺境地区調査と銘打った中央都市の学者達一行が、予定のないこの村を訪れたのは、彼らの移動手段である飛行機械が、故障したためであった。
 修理の都合で数日滞在することになって、植物学者ばかりか皆が例外なく、降り立った村の景色に感嘆して言葉をなくしていた。
 市は、商人や旅芸人を中心に、珍しい装飾品や占術に大道芸、糖蜜に水菓子、更には吟遊など、中々盛況であった。
 地質学者の一人が、吟遊に目を奪われていた。
 木管の笙と、弦を張った楽器を携えた少女の二人組が、舞い散る花弁の下で詠い爪弾く姿に魅了される。
 丁度、一際大きな桜の樹の下、足を止めた人々によって人垣が出来ていた。
「こんな辺境には勿体ないねぇ」
 年輩の生物学者が、彼の背後から様子を覗き呟いた。言外に、中央都市にこそふさわしいと言っているようで、地質学者は機嫌を少々損ねた。
「中央都市には、こんなに美しい桜は咲きませんよ」
 やはり、土が違うからだろうか。
 船を飛行させる技術が現在、都市にしかないことからもわかるように、中央都市は技術が発達している。だからといって他よりも優れている訳ではないのだ。
 調査結果が既に示しているのは、繁栄に比例するように、空気や土や水が、他や辺境の土地に比べて、汚染されている割合が多いということだ。
 便利な暮らしを得ることの代償であろうか。
「なぜ、花びらが桃色なんだろう」
 地質学者は目を閉じ、束の間、都市の桜を想った。
 気がつくと吟遊は止んでおり、二人組の少女が引き上げようとしていた。
 人垣も崩れて、彼は取り残された気分で立ち尽くす。

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