《MUMEI》
榊原の誘い
.


「…それで?」

沈黙のあと、押し殺した声で尋ねた。母親が再びキッチンへ戻ってから榊原が一向に口を開こうとしないので、我慢できなくなったのだ。

「目的は何なんだ?」

絶対に聞こえていたはずなのに、榊原はお茶をすすって、え?と白々しく聞き返してくる。思わずイラッとした。

「今さら俺に会いに来た理由だよ、お前のことだから何か企んでるんだろ?」

きつい声音で付け足したが彼は全くそれを意に介さず、ああそうそう、とたった今思い出したように呑気な声をあげる。

「実はね、灰谷にお願いがあって来たんだ。ちょっと困ったことがあってね、手を貸して貰えないかなって」

「断る」

にこやかな榊原の申し出を、俺は間髪いれず拒否した。俺の反応に彼はおかしそうに笑う。

「即答だね、まださわりも話してないのに」

「お前の頼みなんか俺が絶対的に不利なことばかりだって相場が決まってるからな。お前のせいで割りを食うのはもうこりごりだ」

鼻を鳴らしながら答える。榊原はクツクツと喉を鳴らして、そんなに警戒しないでよ、と笑いをこらえて言った。

「確かに昔はそうだったけど、今は僕もあの頃より成長しているし、それに今回は君に不利なことばかりなワケじゃないと思うよ?」



『不利なことばかりじゃない』?


思わせ振りな彼の台詞に真意が図りきれず、俺は黙り込む。するといきなり榊原は話を変えた。

「ところで灰谷、最近の暮らしはどう?」

「…どうって何が?」

慎重に言葉を選びながら問い返すと、榊原はリビングのドアの方へ視線を投げた。

「ああいう『変なモン』に脅かされてたりしない?」

俺も彼の視線を追う。榊原の視線の先には、ドアの隙間からひょっこり顔を覗かせるレイコがいた。先ほどの件もあり榊原を警戒しているが、彼の存在がどうしても気になってついてきたらしい。怖いもの見たさのようなものだろう。


.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫