《MUMEI》

「にぃさん、ラティメリアの鱗いらない?」
 滅多に手に入らない代物だよ、と声が続ける。
 声の主は二人組の少女が吟遊している脇で先程、水晶を売っていた。髪に布を結んだ少女で、彼女達と同じ年頃に見える。
「ラティメリアって、古代魚のことかい」
「ご存知ならば話が早い」
 ラティメリアは白亜の時代の生物で、生存しているのか定かではない。長い間目撃した者がなく、学者間では絶滅した生物だというのが定説であるが、深い湖の水底に姿を隠しているのだと、巷では信じられていた。
「いらんよ、そんな物。どうせ偽物なんだろう?」
 地質学者が何か答える前に、まだ周辺にいたらしい生物学者が彼の背後から覗いて、当然の口振りで勝手に断ってしまう。
 水晶売りの少女は、手のひらにのせていた美しい鱗をあっさりと、懐に仕舞った。
「それなら、御守りなんかがいいかな」
 呟いて再び取り出したのは、黒く光る小石であった。
「境の神だよ。悪霊や悪人から守ってくれる」
「本物か?幾らだ」
 手に握り込める大きさの守護石ならば、邪魔にならないし、持っていて損はない。古代魚の鱗などという眉唾の代物よりは、まだましだよ。
 博識なのかどうか、小声で、生物学者が地質学者に囁く。
「売れ残りだから、あげようか」
 横柄だが寛大な態度の少女は、学者二人に黒い石を差し出す。生物学者は戸惑いもなく上機嫌で受け取ったが、地質学者は彼女の手を押し戻した。
「俺はいらない。悪いけど何か別の物を買うよ。まぁ本当は鱗が欲しいけれども君、売るつもりないだろ」
 ラティメリアの鱗の時と同じように、石をあっさりと懐にしまった少女は、地質学者の言葉に、肯定の態度も否定の態度も表さなかった。

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