《MUMEI》
アプローチ
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―――翌朝。


「はーいたにっ!」

教室に入った途端、呑気な声で名前を呼びつけたのは他でもなく榊原だった。爽やかな笑顔で、おはよ、と挨拶してくる。

「夕べはゆっくり寝られたかな?」

「どっかの誰かのせいでなかなか寝つけなかったな。おかげで睡眠不足だ、いい迷惑だよ」

「そりゃ災難だったね。ちなみにその『どっかの誰か』って一体誰なの?」

「自分の胸に手を当ててよーっく考えてみろ」

「あとでやってみるよ。ところで昨日の話は検討してくれた?」

皮肉ったのをしれっと流し、さらに昨日のトンデモ話を蒸し返してくる。

しかも彼がやたら馴れ馴れしく話しかけてくるのでクラス中の注目を集めてしまう。


何、何?え、知り合いなの?昨日の話って?…


さわさわと囁き合う声に囲まれて心底うんざりした。ホントに勘弁してほしい。

俺は榊原をギロッと睨み、黙れ、と一蹴した。

「俺、朝はいつも機嫌が悪いんだ。いつまでもゴチャゴチャ下らないこと抜かしてっと張り倒すぞ」

唸るように言うと、榊原は、おーコワッ!とおどけて笑う。

「それじゃもう少し時間を置いてからヒアリングするよ。僕も殴られたくないしね」

脅迫めいた言葉すらもさらっとかわし、榊原は微笑みを絶やさぬまま颯爽と離れていった。彼がひとりになるとすぐにクラスメイト達が大勢で一斉に取り巻く。転校2日目にして榊原の人気は上々のようだ。

チッと舌打ちして彼の背中を見送ったあと、入れ代わりで憂がやって来る。

「昨日の今日で、転校生ともう打ち解けたの?」

淡々と尋ねてくる彼女を俺は半眼で睨んだ。

「まさか、あんな奇人と打ち解けるはずないだろ。冗談きつい」

「でも仲が良さそうだったわ」

全く嬉しくない感想に、俺は肩をすくめて見せる。

「昔の知り合いだったんだ。小学生のときのクラスメイトで」

そこまで言うと憂は納得したように頷く。

「要するに幼馴染みってことね」

さっさとまとめた彼女の台詞を、違う、と断固として否定する。

「クラスメイトっつっても一時だけだぞ。どこかから転校してきて半年後にはまたどこかに転校していった、それだけだ。だからアイツと俺は幼馴染みなんていう親しい間柄では断じてない」

「ずいぶん必死ね、彼のこと嫌いなの?」

「当たり前だ。アイツには一方的に迷惑かけられた記憶しかないからな。とにかく頭がイカれてる、危険人物だ」

憂は、みんなの輪の中にいる榊原を盗み見て首をかしげた。

「危険人物にしては人気者のようだけど…」

騙されるな、と俺は頭を振る。

「昔から他人に取り入るのが上手いんだよ、ある種の天才だ。気がついたらヤツの思い通りに事が運んでる。しかも得するのはヤツだけときた。詐欺師になったら相当荒稼ぎできるだろうよ」

憂はさほど興味なさそうに、ふぅん、と適当な相槌を打った。



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