《MUMEI》

「夢見が悪い。前に言ったろ」
咄嗟に、効き手である骨と化してしまった左手でソレを掴み
だが心許無いそれはすぐに弾かれ、そして砕かれた
「……何故、身を挺してまでそれを庇う?解らぬ男じゃ」
嘲笑を向けられ、井原は老婆へと一瞥を向ける
その眼には何の感情も籠らず、唯見やるばかりだった
手の平に感じた激痛も一瞬
井原は素早く脚を蹴って回し、老婆の手首を蹴りつける
弾みで取り落してしまった小刀を拾い
老婆へと差し向ける
死に体が迎える死とは痛いどういうものなのか
既に亡者であるソレを、一体どう殺めればいいのか
様々な考えが、井原の思考をめぐり始めていた
「……紫陽花」
「は?」
徐な少女の声
聞き取れずに聞き返してしまえば、少女の唇が井原のソレに触れてくる
「!?」
行き成りなソレに、目をつい見開けば
だが少女は更に深く、喉の奥にまで舌を差し入れてきた
「……っ」
「全部、返して、貰う」
喉を逆流してくる花弁
井原の胃液に塗れ酸い味のするソレを、少女は躊躇なく飲み下す
「おま……!?」
「……これで、逝ける」
口元を伝う残滓を手の甲で拭う少女
薄い笑みをその口元に浮かべた
次の瞬間
少女の背後、人の気などない筈の其処からざわめく声が多く聞こえてくる
「……お前、一体何を……!?」
「婆には、何も救えない。死に体である、この子達すらも」
更に声が聞こえる量を増した、次の瞬間
肉を引き裂く様な湿った音が鈍く響き、血溜まりが視界の隅に見えた
その傍らに佇む少女
様子を窺い見れば、だが井原はその異様さに声を失う
少女の全身から生える様に現れた大量の人の手、そして首
その全てが骨で、何かを求めているかの様に蠢く度
硬質的な音を立てる
「……皆、この死に体を、弔ってあげましょう。私達の礎となってくれた、この死に体を――」
求めるべきはあれだと、老婆の方を指差した
「……お前は、何をしている?そいつ等は儂の死に体。お前の言う事など……」
「……この子たちは、誰のものでもない。意思を持つ、一人のヒト」
愛したい、愛されたい。想いたい、想われたい
様々な意思に、少女は身を委ねてみれば
自然な動きで、その手が老婆の首へと伸びて行く
「……意思がないのは、婆だけ」
締め付けていく手に段々と力が籠り
軋む様な音が、段々とそれを大きく響かせていった
「お、前……!?」
「……私は、しにたい。けれど、生きたい」
少女の口から出る、はっきりとした意思
次の瞬間には、その首が落される
続けて腕、そして脚
全ての四肢がバラバラに千切られ、辺りに散らばっていった
ソレを拾い上げると、少女はゆるり、身をひるがえしながら歩き始めていた
何所へ行こうと言うのか
問う事は敢えてせず、井原はその後を唯付いて歩く
暫く歩き、少女が脚を止めた其処は
白色の紫陽花ががたった一つだけ咲く場所だった
その傍らで脚を止めた少女はそのまま膝を付き
細く骨ばった手で土を抉り始める
無言で穴を掘るばかりの少女
暫く続け、ある程度広がったそこに
少女が千切ったその肢体を無表情で投げ入れていた
「……せめて、弔ってあげる、から」
傍らの紫陽花を手折ると、それも放り入れる
花弁に降られ、褪せて行く自身の身体を見下ろしながら
無表情のままの少女は何を思うのか
無い表情からは何を読み取ることも出来ず
「……私は、平気」
井原の言わんとしている事を理解したのか
振り向いてやりながら、微かに笑みを浮かべて見せた
「……じゃ、さよなら」
唐突な別れの言葉
居終わると同時に、少女の身体がまるで砂の様に脚元から塵の様に崩れて行く
流石の井原もそれには驚き、少女の方を見やれば
「……金平糖、美味しかった」
その言葉だけを残し、その全てを塵と化していった
さらさらり
掬い上げてやれば当然の如く指の間をすべりおちて行った
その様を唯無言で眺めながら
井原は暫くの間、その場から離れる事が出来なかったのだった……

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