《MUMEI》

「にぃさん、先刻、桜の花の色が何だかって言っていたけど」
 どうやら呟きを聞いていたらしい。
 彼女は、懐から何も出さなかった。
「中央都市の桜は、ここと違って真っ白なんだ」
 何の要素が、花弁を桃色に色づかせるのだろうか。
 都市にはない何かが、辺境の土地にはある。
「にぃさんのお気に召した吟遊には及ばないだろうけど、あたしも面白い語りを持っているよ」
 あまり興味を示さない地質学者に業を煮やした様子だ。
「桜の話だよ。昔日の桜の言い伝え」
 代金は聞いてから決めていいよと、地質学者の返事を待たずに、少女は語り始める。
「桜の樹の下には死体が埋まっているんだ」
 核心を突く始まりだった。少女が語ったのは、ある村に住んでいた一組の夫婦の話。人の首を収集する趣味を持っていた妻とその夫の、恐ろしくも哀しい結末までの物語りであった。
 何と物騒な話なのだろうか。正気の沙汰ではない。
 まるで死体の血を吸い上げたかのような、桃色をした満開の桜の花びらが、いつまでもいつまでも舞い踊っている。
 地質学者は目前の桜の木に、既視感を覚えた。
 咲き乱れ、舞い散る、埋め尽くされた桃色の花弁。 彼でさえも狂気を僅かに感じる。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫