《MUMEI》

「蜂蜜だと思っているようだけれど、これは手乗り人魚が、生きるために必要な、特殊な液体だ。
詳しく言うと、成長を停止させるもので、これが無いと内蔵が大きくなって、人魚の体は、破裂する。
あんたが笑っていたと思っていたそれは、死期が近付いて、筋肉が硬直していたからだろう。」

団長は相変わらず、フイリプに現実を突き付けてくる。


「思想に自惚れ、酔いしれて、魚を陸で飼っていた阿呆ということか……」

ただ一つの高尚な作品の為に、フイリプは夢中で、のめり込んでいたつもりであった。


「いいや、あんたが、うちの高い道具を盗み出して、壊しかけただろう。
高額な損害賠償金を請求するところだが、この有様に免じて許してやろう。」

倒れた妻の姿や、部屋を見ながら、団長はどこか嬉々としていた。


「その液体さえ手に入れていれば、あれは私のものになったか?」

フイリプは団長の掌の上で、解剖された鼠のように浮かんでいる人魚を、見つめていた。


「思い上がるな、これは人間の利己主義に振り回された哀れな植物だ。
手を加えられ、自然の摂理からはみ出し、飽きたら棄てられるものだ。
[こちら側]ではない生物のあんたには、この瓶詰が元々長生き出来ない品種で、小屋で見世物として共存することが最良の選択であろうと、関係の無い話だろう。

なにより、あんたはこの哀れな女が、わざと錯乱するように仕向けていた……あんたには、手放して、後悔する理由なんて、何処にも無いだろう。」

団長は全身に絡み付く、鬱々とした言葉を残し、獣の男に乗って、消えていった。
満月の方角から、遠吠えがした。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫