《MUMEI》

妻の呪縛が、フイリプを、繋いでいる限り、もう、見世物小屋に、足を運ぶことは無いだろう。

後ろ髪を引かれるよりも、妻の使役は絶対で、昔のフイリプならば、もしかしたらもう一度、好奇心が勝っていた。


だから、滝の真下を覗き込み、目を閉じて、フイリプは、あの手乗り人魚の姿を、考えるのだ。

あの、宝石の中で、煌めく鱗、絹と見間違う程薄い鰭、闇夜より深い黒瞳、磁器人形より端正な面立ち。

その美術は、起源となって、フイリプが、瞼を閉じると、いまだに色褪せることなく、目に浮かぶのだ。

懐かしさに、フイリプは、軽く眼球を叩いて、人魚を確認すると、こつんこつんと、返事が、頭に鳴り響いた。

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