《MUMEI》

「さて、桜の樹の下には何が埋まっている?」
 立ち上がり、少女が背後で散る桜を見上げた。
 地質学者に向かって、愉快そうに問う彼女の瞳が鋭い光を湛えている。不気味にも思えるが、奇妙に神々しくもあり、何て美しい。
「君は何者なのかな」
「山師だよ」
 只の、と続ける。色々な土地に行き様々なお宝を手に入れて、時には伝承を受け継いだり鱗を貰ったり水晶を売ったするのだと、すらすら説明する。
 全く信じられない豹変ぶりだ。一瞬で普通の少女に戻っている。
「一つ、いらない?あの芳来山から採って来たばかりの水晶で、屈折の按配では綺麗な虹が拝めるよ」
 安くしておくからさと勧められて、地質学者は語りの代金に少々足して、小さな水晶を手に入れた。
 地質学者は山師の少女と別れて歩き始める。
 結局、彼女の商品を売るための演出に騙されたのだろうか。
 生物学者が貰った石は単なる石ころに過ぎず、自分の懐にある水晶も、偽物に違いない。
 桜舞いの村の桜の花びらが桃色なのは、例外なく当然の理で、自然界のあらゆる生物が循環しているからなのだ。
 分かってはいる。だが、桜の樹の下で見た少女の瞳が忘れられず、もう一度確かめるのが恐ろしかった。 地質学者は一心不乱に正面を見据えて歩き続ける。
 夕暮れ薄暗い大禍時を。
懐疑と真相をそのままに。

        終幕

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