《MUMEI》
クッション
 彼女が何を言いたいのかがよくわからない。
空想の話に現実味を持たせろというのだろうか。
無理な相談だ。

「あ、来た」

 外を見ていた凜は、突然そう言うと、こちらを振り向いた。
いや、正確には羽田の後ろのドアを見ている。
羽田も振り返ってドアを見つめるが、一向に開く気配はない。

「じゃあ、先生。始めますか」

「え?でも、まだ来てないじゃない」

「レッカですか?来てますよ」

「どこに?」

部屋には当然、凜と羽田しかいない。

「先生、こっちに」

 凜は羽田を手招きして、自分の隣に座るよう促した。
羽田が言われるままにベッドに腰掛けると、彼女は昨日と同じように羽田の肩に手を置いた。
そして「ほら、目の前にいる」と小さく言った。

「目の前って……」

羽田は言いながら顔をあげる。
すると、すぐ目の前に眉間に皺を寄せた少年の顔があった。

「おわっ!びっくりした〜」

彼は羽田が叫ぶよりも早く声をあげ、後ろへ飛びのく。

「びっくりしたのはこっちです。一体、どこから?」

「どこって…入口からだけど?」

 レッカはそう言って、さっきまで羽田が座っていたクッションの上に胡座をかいた。
しかし、不思議なことに彼の体重がかかっているはずのクッションは少しもへこんでいない。
まるで、その上には誰も座っていないかのようだ。

 羽田は尋ねるように凜を見た。
その視線の意味を悟ったのか、凜はレッカの顔を見ながらこう言った。

「彼は、ここには存在していないんです」

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