《MUMEI》

 「おや。三原さん、でしたかな。今日も稔の奴に会いに来て下さったのかね」
翌日、仕事帰り
すっかり恋神神社へと立ち寄るのが日課になってしまった三原
この日は安堂は不在で、変わりに祖父が三原を出迎えた
「すまんのう。稔の奴めまだ学校から返ってこんでのう」
「いや、俺は別に……」
「まぁ、そう言うてくれるな。そうさな、今日はこの爺に付き合っていかんか?」
「は?」
唐突な申し出
どうしようかと悩む三原を、祖父は有無を言わさず縁側へと座らせ
茶を振る舞う事を始める
「……稔とはどうですか?あれは静かすぎてかえって扱いにくいのではないですか?」
突然に話を振られ
だが三原は首を緩く横へと振ってみせながら
「そんな事は、ないですよ。唯、もう少し喋ってくれると嬉しいなとは思いますけど」
「あれは極度の照れ屋ですからな」
奥手過ぎるのも問題だと、祖父は苦笑を浮かべて見せる
照れ屋、というのとは少しばかり違うのでは、と
三原はあの時の安堂の様子を思い出す
自身と妹の言い合いを目の当たりにし、泣きだしてしまった事が気に掛った
「……多少なり、立ち入った事をお聞きしても構いませんか?」
「何かな?」
「あいつ……じゃない。稔さんの事なんですが――」
昨日の事を簡潔に説明してみれば
祖父は指で顎鬚を弄りながらふむ、と声を洩らす
「……あれは、恐いんだと思います」
「恐い?」
「自分が原因で誰かが喧嘩をする。それを見るのが恐いんだと思います」
「……恐い?」
「ええ。自身が原因で誰かが喧嘩をする。それを見るのが恐いんです」
「そう、ですか……」
更に立ち入った事を聞いてしまったと思う
だがどうしても気に掛ってしまい、その胸の内が祖父にも解ったのか
「……アレの両親は離婚しているんですよ。しかも、アレの目の前で大喧嘩をやらかしてな」
その事がトラウマになってしまっているのだと祖父は苦く笑って見せた
「更にはあれを引き取る引き取らないで揉めましてな。結局わしが引き取る事にしたんです」
「そう、だったんですか」
「三原さん」
「はい?」
「あれを、少しの間だけでいいんです。甘やかしてやって下さい。儂には遠慮があるのか甘える事はしないもので」
「俺なんかで、いいんですか?」
「三原さんなら、大丈夫ですよ」
頼みます、と祖父が頭を下げてくる
切望されてしまえば否と言える筈もなく
自分でよければ、と頷いて返していた
そんなやり取りを暫く続けた後、神社の境内へと続く階段を上がる忙しない足音が聞こえてくる
「遅くなっちゃった。夕ご飯、作らないと……!」
三原が来ているとは思わず、息を切らし必死の形相
登り切って三原と顔を合わせた瞬間、立ち止まり硬直してしまった
「さ、倖君?」
両の手にスーパーの買い物袋と学生鞄を下げ
大凡いまどきの女子高生とは言い難い姿
ふと我に返り、恥ずかしさを自覚する
「あ、あの……あの……」
「どーも」
軽く会釈をしてやれば安堂の動揺は最高潮で
どうすればいいのか解ら、その場に立ち尽くしてしまっていた
「……稔や、早く荷を片しておいで。せっかく三原さんが来て下さってるんだから」
祖父の声で漸く我に返り、頷くと普段では見られない程の素早さで身を翻し
その勢いのまま社務所へと駆け込んでいく
「……やれやれ。忙しい娘じゃ」
「驚かせたみたいですね」
「いや。あれは照れてるだけですよ」
「そう、なんですか?」
「そうなんです。さてと。爺はそろそろ暇を戴くとしようかの」
掛け声と共に腰を上げると、祖父はゆるりその場を後に
後に残された三原は一人安堂を待つ
だが中々変えては来ず、それ処か安堂が入っていった家の奥から何かが崩れる様な音が聞こえ
同時に悲鳴も聞こえてきた
「!?」
何事が起ったのか
慌てて其処へと駆け込んでみれば
ソコの廊下に荷物という荷物全てをばら撒き、転んでしまっている安堂の姿があった
「だ、大丈夫か?」
どうやら脚を滑らせてしまったらしく
打ちつけたらしい花の頭を押さえ、だが何とか頷いて返す
「ご、ごめんなさい。私、ドジだから……」
「らしいな」
あっさりと肯定され、のショックに安堂の表情が泣き顔に歪む

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