《MUMEI》

「知ってるみたいな口ぶりだった。教えろよ」
「何をだ?」
「全部」
ヒトには起こり得ない現象を目の当たりにし、羽野は怪訝な顔
相手との間合いを詰め言い迫ってやれば、だが相手はソレを語る事はしなった
代わりに向けられたのは眉を顰めたような苦笑
何かを憂う様にも見えたその表情に、だが構う事無く更ににじり寄ってやる
態と下から覗きこむ様に上目遣いで近づけば
俄かに相手が慌てる事を始めた
「お、おい……!」
「まず、アンタは何モンなのか」
「それは……だな」
どうしてか口籠る相手、暫くの沈黙
暫くそうしていると、相手は観念したかの様に短く溜息を吐いて出す
「……近藤 文。今は名前だけで勘弁しろ」
「嫌だ」
気になった事はとことん追求しなければ気が済まない質で
明確な返答が欲しい、と更に詰め寄る
「お、おい。秋夜!」
「……何で、俺の名前……」
名乗った覚えなど無いのに、と指摘してやれば
相手・近藤は見るに解り易いほど動揺し、視線を不自然に彷徨わせ始めた
出来たその一瞬の隙をつき更に追及してやる
それに夢中で、互いの呼吸が触れあう程に近づいている事にん気付いていない羽野
どうしてもやめようとしない羽野の様子に、近藤は羽野を押しのけようとしていた手から力を抜いた
観念して話す気になったかと、漸く離れてやろうと身を起こした、次の瞬間
抵抗をやめていた筈の手が一転して、その身体を抱きよせていた
「!?」
よもやそんな行動に近藤が出るとは思わず驚く羽野
どうにか逃れようともがけば、だが腕が離される事はない
「……離せよ」
「嫌だ」
「何で……!?」
「離せば逃げるからだろ」
会話は堂々巡りで
一向に進展を見せる様子が無いソレに、この男には何を言っても無駄なのではと
羽野は諦め、抵抗も反論も止めた
「で?オッさんは何で俺の名前知ってんだ?」
「んぁ?」
「俺は名乗った覚えがない」
それなのに何故名前を知っているのか
やはり気にせずには居られなかったらしい
「何だ?俺の事が気になるって?」
暫くの沈黙の後、茶化す様な声が返ってきた
羽野自身は真剣に聞いているというのにとつい拳を握りそれを振って向ける
「うっわ!危ねぇな、おい!」
「……アンタが悪い」
「だからって行き成り殴りかかってくるか!?」
「宣言したら逃げるだろ」
「当然だろうが!」
良い相も段々とエスカレートし、かなりの音量になってしまった頃
背後から、またにじり寄ってくる様な靴音が聞こえてくる
「……何か聞いた事のある声と思って来て見ればやはりお前か。近藤」
其処に低く響いてくる声
近藤の表情が途端に消え失せ、そしてゆるり声の方へと向いて直った
「……何でテメェが此処にいる?」
怪訝な顔をして向ければ
相手は何を言っているのかと言わんばかりの嘲笑を浮かべて見せながら
「……珍しいな。お前が誰かとつるむとは」
何やら含む様な物言い
近藤は答える事はせず、ジーンズの後ポケットに突っ込んでいた煙草を徐に取り
其処から一本取って出すと口に銜えた
すぐに、白い煙が立ち上り始める
「……近藤お前、何を企んでる?」
「何の事だ?」
「しらを切るな。私は十年目に消えてしまったあれをずっと探している。今に見つからないのはお前が隠し持っているからじゃないのか?」
「知るか。大体、あれってのは何の事だよ?」
全く記憶にないのだと、視線を態とらしく彷徨わせ始める近藤
そんな近藤の様子に、相手はだが口元に薄い笑みを浮かべながら
「……まぁいい。今日はこれで失礼させて貰うとしよう。ではまた」
「二度とくんな」
悪態をついてやれば、相手は僅かに笑みを浮かべて見せるだけでその場を後に
その背を睨みつける様に眺める近藤の横顔は分かりにくい程の変化だったが強張っている様だった
「どうか、したか?」
僅かばかり悪くなっていく顔色に覗き込んでやりながら問うてやれば
近藤はすぐ様今まで通りの薄い笑い顔を浮かべて見せ、何でもないを返してやる
大丈夫だから、と言われてしまえばそれ以上追及する事は出来ず
暫く無言のまま、そのままで居ると近藤が無言で立ち上がり羽野の手を引く

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