《MUMEI》
野良と僕
「ハクナマタータ、だっけ? 」
野良が昔、何かのアニメーション映画で見たという、呪文めいた文句を口にする。
「知らないよ。俺は見てないんだから」
世界的に有名らしい、そのアニメーション映画を見た事が無いという事だけで、野良は僕を犯罪者かのように扱う。
「まず、見たことが無いって言うのが、信じられないよ。耳を疑うね。どういう子供時代を過ごしてたんだ」
自分だって、うろ覚えの癖に。
「あのアニメーションを子供に見せない親がいるなんて。絶句だ。絶句。悶絶。門前仲町だ」

野良とは、数年前に街角で彼に、突然話しかけられて以来の仲だ。
彼には家族も家も無い。
だから周りから「野良」と呼ばれているんだけど、その癖こんな風に僕の親をなじってみせたりするのだ。

「ちょっと」
学校に行こうとしていた僕は、急に金髪でやけに整った顔の男に呼び止められた。
勿論、僕だって馬鹿じゃないから一旦は無視したんだ。間違いなく、一分の隙もなく、完膚なきまでに、その時の野良は、怪しかった。
いや、今だって充分怪しいんだけど。

「ちょっと!違うよ、違うんだって」
僕は何も言ってない。何が違うんだ。そう思ったけど、一度返事をすれば、途端にカミサマの話か、夢みたいな儲け話か、脅し文句がすらすらと出てきて、僕は損をする。当たり前にわかりきってる事だ。
僕は再度、野良を無視した。

「あのね、きっと今日、君はとても悲しい体験をするんだ。それは、とてもとても悲しい。もし悲しくて悲しくて、耐えきれないようなら、二丁目の土手においで。明日の足音を聴かせてあげるからね」
間違いなく、ヤバい人だ。予感は確信に変わった。冷たい汗が出る。逃げよう。
全力で走り出した僕の背中に、縋るように声が聞こえた。

「良いかい!二丁目の土手だよ!僕は、野良だからね!」
野良?野良ってなんだよ。野良犬?いや、人か。野良人?ノラヒト?ノラジン?
野良だからね、ってのはなんなんだ。野良だから、なんだって言うんだ。変だ。変。

その日の午後、学校にいる僕の席に、親友の訃報が届いた。

何度か聞き返して、やっと涙が出た。彼が死んだ、という言葉が理解出来たわけじゃなかったけれど、頬が生暖かかったから僕は泣いてるんだなって、思ったんだ。

二丁目の土手に、野良は座り込んでいた。捨て犬みたいな、情けない笑顔を浮かべ、下から僕を覗き込んで彼はまた言った。
「僕は野良だからね」
なんなんだ、一体。



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