《MUMEI》
携帯電話
着信音だけで電話の相手が先輩だと、すぐにわかった。
先輩からの着信音だけを、昨日変えたばかりだったから。


眞季は睨むように、携帯が入った私の鞄を見ている。


お願い…携帯に触らないで……


心の中でそう願ったのも束の間、眞季は私の鞄を取りに向かった。

「やめて!」

反射的に、そう叫んだ。
けど眞季は、それを無視して鞄を漁り、携帯を手に取った。


眞季は携帯を開くと、黙ったまま画面を見つめている。


眞季が先輩からの電話に出て、おかしなことを言ったら…と思うと不安で、私は無言で画面を見つめる眞季から、目が離せなかった。

「真鍋に僕が好きだって言うのと陽菜の恥ずかしい写メ送られんの…どっちがいい?」

暫く黙ってた眞季が、笑顔で言った。

「どっちも嫌ッ!!写メなんか送ったら、ほんとに許さないからねッ!!」

「ふうん…じゃあ陽菜の変態な姿ムービーに撮って送ってあげるね?」

写メが嫌なら、動画を送る…。
どっちにしても眞季は、先輩になにかする気なんだ…。


私は怒りを抑えきれず、眞季を睨んだ。

「…眞季のくせに」

「眞季のくせに…か……陽菜はその僕に叩かれてお漏らししたんだけどね」

眞季の言葉に、言い返すことができなかった。

「それで舐められて可愛い声まで出したんだよ?真鍋相手じゃそんなことできないでしょ?」

「先輩との方が眞季なんかとするより全然いいに決まってるでしょ!」

悔しくて惨めで、私は叫んだ。
実際、先輩とそんなふうになったら、怖じ気づいてしまうだろう。
先輩になら…そう思ってたって、私は気が弱い。
そんなこと、自分でわかってる。


いくら好きでも、いざとなったら怖じ気づいてしまうんだ…。

「じゃあ、お漏らしもするんだ…真鍋は陽菜のオシッコ舐めてくれるかなぁ?」

「そんなことするわけないでしょ!?そんな変態みたいなことすんの眞季だけよッ!!」

気の弱い私は、汚れている私は普通じゃない。
普通の恋愛なんて、不可能に近い。


けど眞季は、私以上に普通じゃない。
眞季はおかしい。


皮肉も込めて言ったのに眞季は、

「そう、僕だけなんだよ…陽菜を愛してあげられるのは…陽菜の全てを受け入れられんのは僕だけなんだよ」

そう言った。
眞季には言葉が通じない。
それとも…私が、ちゃんと話せてないの?


眞季と言い合いをしている間に、携帯は鳴り止んだ。

「切れちゃったね…でも、大丈夫だよ…陽菜の体が僕のモノになった記念はちゃんと真鍋に見せてあげるから」

そう言って暗い瞳で近づく眞季に、私は思わず後ずさりした。
眞季が本当に私の姿を撮って、先輩に送りつけてしまう気がして怖かった。

「僕から逃げようとしてる?……そうだよね、陽菜はまだ僕のこと甘く見てるんだもんね…」

私の背中が、壁に突き当たる。

「…いや…」

暗い瞳の眞季が、どんどん距離を縮めてきて、私は逃げ場を失った。

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