《MUMEI》

自身を抱くその腕を振り払ってやろうと身じろぐ事を始めた
「お、おい、秋夜!暴れんなって!」
「うる、さい。離せ!」
最早何もかもが訳が分からずに
腹の中に溜まってしまったすっきりとしない感情を全て吐き出してしまうかの様に
唯、我武者羅に暴れてやる
その腕を唐突に近藤が掴み上げてきたかと思えば身を翻されて
正面からまた抱き込まれていた
胸元に顔を押しやられてしまえば
愛煙家なのか、きつい煙草の匂いが鼻腔を圧迫する
「……ったく。やんちゃなのは変わってねぇな」
漸く落ち着きを取り戻したらしい羽野へ、近藤の呟く声
その口ぶりはまるで昔から羽野の事を知っているかの様なソレだ
「……もう、あいつには関わるな。秋夜」
考える事ばかりに気を取られていた羽野へ
耳元へと寄せられた低い声
やけに真剣味を帯びたその声に、羽野はどういう事なのかと弾かれたように顔を上げた
「何、言って……」
「お前の連れの事だ。あれはその内(白化)進んでヒトで居られなくなる」
「は?」
「まさか、こっちにまで影響が出てきてるとはな」
やはり近藤は何か重要な事を知っている
その何かを羽野はどうしても知りたかった
だが普通に問うてみた処ではぐらかされるのがオチで
どうしたものかを考え始め、だが考えはまとまらず
そして羽野は考える事を途中放棄し、勢いに任せて近藤を押し倒しに掛った
「……痛ぇ。いきなり何すんだ?秋夜」
「全部吐けよ」
「は?」
「アンタは一体何を、何所まで知ってる?」
知っている事があるなら全て話せ、と近藤の腹の上へと乗り上げ凄んで見せる
だが近藤は何を言う訳でも、況してや羽野の身体を押しやる訳でもなく
唯されるがまま
真っ直ぐに見据えてくるその漆黒の眼は一体羽野の何を暴こうとしているのか
身体の奥底まで見られている様な気になり、居心地の悪さに其処から退こうと身を起こした
だが途中近藤が羽野の腕を引き、その弾みで身体がまた傾き
近藤の上へとまた倒れ込む形になる
「な、何して……!?」
「話は?もういいのか?」
「話す気、ないんだろ」
だからこれ以上は聞かないでいてやるのだ、と多少なり負手腐った様な羽野
あからさまに逸らされたその横顔はまるで子供の様で
近藤は僅かに肩を揺らす
「……そういや、お前幾つになったんだったか?」
「は?」
唐突に、そして脈絡のない問い掛け
行き成り何だと訝しみながらも一応は答えて返す
「18、だけど」
「18、か。やっまだぱガキだな」
子供子供だと小馬鹿にしながらも
羽野の頭を撫でてくる近藤の手は酷く優しい
自身に向けられるその優しさは一体どうして
時折解らなくなってくる
改めて問い質してやろうと迫り寄っていった羽野だったが止めた
今だけは、有るこの腕に縋ってやろうと全身から力を抜いていた
「……少し、寝たい」
考える事を頭が拒否しているのだと駄々を捏ねてやれば
近藤が僅かに肩を揺らしながら羽野の背を撫ぜ始める
余程疲れていたのだろう、すぐ寝息が聞こえ
その寝顔はまるで子供様な顔だ
力が抜けたことで重みを増した羽野の身体を、だが近藤は退けようとはせず
暫くそのままで居てやると、突然に外から足音が聞こえてくる
硬質的な音を態と立てるその脚音の主が誰なのか、近藤は解っているらしく
そちらへと向いて直った
「……何所へでも湧いて出る。ゴキブリみてぇな奴だな」
根底からの悪態をついてやれば、その相手が僅かに笑う気配
何を言う事もせず、ゆるり砂利を踏みしめる音を立てながら近く寄ってくる
「やはり、お前が隠し持っていたんだな。近藤」
見えた姿は以前にも近藤と対峙した男で
近藤の腕に抱かれたままの羽野へと視線を移せば
唐突に狂気じみた笑みに口元を緩ませた
「……見つけたぞ。Black stones。……私のモノだ」
だらしなく開いたままの口元からは唾液が伝い
落ちて行くソレが堅く着込まれた背広に濃い染みを作っていく
明らかにおかしいその様に、訝し気に相手を伺っていた近藤
ふと、思い当たる節があった
「……白化か」
袖から見え隠れする腕
其処にはある筈の肉が付いておらず、剥き出しの骨が見えた
ソレを指摘してやれば、相手は隠すかの様に着衣を整えながら

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