《MUMEI》

 
 
──やだっ!眞季っ、行かないでっ!!置いてかない、でっ……ゃ、あ、ひぁあああぁあっ!!!






家を出る前に聞こえた陽菜の悲鳴が、何度も僕の脳内で再生された。


僕を避けてたくせに…浮気したくせに…、僕を求める陽菜は可愛くて、なんだか可笑しくて僕は、緩んだ口元を抑えられなかった。








教室に入るとき、佐野さんと擦れ違った。
佐野さんはチラッと僕を見てから、視線を逸らした。

やっぱり屋上でのことを、怒っているんだろう。

僕を避け出したときの陽菜みたいに、佐野さんは僕を避けた。





昼休みと同時に、僕は佐野さんを屋上に連れて行った。
屋上の隅に追いやられた佐野さんは、目に涙を溜めて僕を睨んでいる。

「怒ってるの?」

僕は、わかりきった質問をした。

「怒ってない…」

怒っているのは確かなのに、佐野さんは言った。

「……そう」

そう言って、僕が離れようとすると、佐野さんは焦ったような声を出した。

「嘘っ!本当は怒ってる、戸村さんは本当は男なんだよって学校中に言ってやろうって思ってる」

僕が睨むと、佐野さんは俯いた。

「…ごめん、それも嘘…ううん、本当……」

……面倒臭い。

「悲しかったから…戸村さんは本当は男なんだよって学校中に言ってやろうって思った…でも、そんなことしたら眞季ちゃんはもう、あたしといてくれないと思って……」

「うん」

「だから言えないって思って……」

本当に佐野さんは、邪魔だ……。
僕が女のフリしていれる今の環境は、陽菜と僕で作ったものなのに…。

「ごめんなさい」

佐野さんは、そう言って泣いた。
謝るのも泣くのも、陽菜と一緒だ…。
きっと佐野さんも、陽菜と同じ素質があるんだろう…。


だけど佐野さんは、陽菜みたいに興奮させてくれない。



それでも僕は、佐野さんを抱き締めてキスをした。
今は邪魔な存在でも、陽菜と同じ素質があるなら、佐野さんは陽菜を育てる為に、必要な存在になるから……。



佐野さんは少し驚いていたけど、すぐに僕を受け入れた。






…──



「なんか眞季ちゃん、いつもと違う」

済んだ後、佐野さんはうっとりした表情で言った。

「そう?」

「うん…なんか…違う」

「やらなきゃいけないことがあるからかな…自分じゃわからないよ」

「やらなきゃいけないこと?」

佐野さんが、心配そうに僕を見た。

「うん…まだ話せないけど…相談に乗って欲しいんだ」

そう言うと佐野さんは、嬉しそうに頷いて僕は、屋上を後にした。




それから僕は、初めてクラスの女子たちと話した。






真鍋の情報を、得る為に……。






「真鍋先輩?あー、バスケ部でしょ?」

窓際に集まってた女子グループに、真鍋のことを聞いた。
普段しゃべらなかった僕に話し掛けられた女子は、驚いた様子だったけど、真鍋のことを教えてくれた。

「真鍋先輩ヤバいよね!超カッコいい!」

茶色いボブの平岩が、はしゃいだ。

「でも先輩、援交女と付き合ってるから」

茶色いロングの三上が、お菓子をつまみながら言う。

「援交女って?」

「奈津美知らないの?ほら、隣のクラスの…」

「今森さん?」

僕が言うと、三上は「そうそう!」と言った。


魚みたいな顔して、陽菜を侮辱するな…。


「あの人…援交なんてするの?」

「らしいよ?まぁ、噂だけどね…でもキモいオヤジと一緒にいるとこ見た人いんだって」

「えー…じゃあ、それ確実じゃん」





頭がおかしくなりそうだった。


陽菜の話を聞きたいんじゃないのに…。

陽菜がそんなことする筈ないのに…。

陽菜がそんな汚いこと──。






とても学校にいれる気分じゃなくて、僕は早退した。


陽菜が売春してるなんて、そんなの信じてない。

だけど僕の中で、それが嘘か真実かなんて、どうでも良かった。

もう陽菜は、僕の脳内で汚いオヤジに、犯されていたから…。

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