《MUMEI》

「……何で、守らなかった?」
「はぁ?」
「お前が守ってさえいれば、あいつに奪われる事はなかったのに」
どうしてくれる、との随分と勝手な物言い
だが反論してやる事は敢えてせず、和人を唯見据える
更に白化が進んだ身体
最早身体の殆どが骨と化し
よく意識を保っているものだと感心さえしてしまう
「……あいつ、何所行きやがった?俺を、こんなにしやがって」
眼を血走らせ、辺りをうかがい始める
其処にその姿が無い事を確認すると、和人はその場を後に
「……っ」
和人の姿が見えなくなると近藤はそのまま座り込んでしまう
荒くなっていく呼気、霞掛っていく視界
最早立っている事さえも叶わず、地べたへと両の手をつき堪えるしか出来ない
そんな近藤の様を、無表情で眺めていた羽野
徐に、近藤の頬へと手を触れさせて
そのまま引き寄せられたかと思えば、唇を重ねられる
「……助けて。父さ……母さん……」
重なったままの唇が微かに呟いた言葉
伸ばされた両の手が、だが望むものに触れる事はなく
唯虚しく宙を掠めるだけ
「……無い。居ない。何、で。何でぇ!?」
当然、錯乱してしまったかの様に喚く事を始め、勢い良く近藤を突き放す
そして素早く身を翻すなり、何処へと走りだしてしまう
「秋夜!!」
見えなくなってしまうその姿へ、引き留めようと声を上げ
だが聞き入れられる事はなく、見失ってしまった
後を追わなければ、と
最早気力の身で何とか立ち上がり、羽野を見失ってしまった方向へ
「……まさか、此処に来る羽目になるとはな」
着いた其処に近藤は見覚えがあった
嘗ての、知人宅
とある事件でその知人と死別して以来、二度と訪れることなど無いと思っていたその場所
既に朽ち、表度を失ってしまった玄関を潜って中へと入れば
其処に、羽野の姿があった
その周りには何十枚という写真と、そして
「……これ、何?」
大量の黒い球体
両の手一杯に乗せても乗り切らない程のソレを見、近藤は眼を見開き
僅かに指を震わせながらその一つを取る
「……あの馬鹿、処分しろってあんだけ言ったのに」
苦々しく舌を打つ近藤
手の上のソレはB.Sに酷似しており、だがその全てが皆随分といびつな型をしていた
床に散らばっている者も含め全て、B.S研究中に出た失敗作
その当時、研究者としてB・S研究に携わっていた近藤にとっても
見ていて余り気分の良いものではない
「……本っ当、ロクでもないもん作ったモンだな」
散らばったままの写真
その中の一枚を拾い上げ、近藤は自嘲気味に笑う
「……すまん。結局、こんな事になって」
ソレは一体誰への謝罪か
一人事に呟いたその直後、背後に人の気配を感じた
「……誰か、居るの?」
聞こえてきたその声に近藤がゆるり向き直ってやれば
相手は僅かに驚いた様な顔をしてみせる
ソレは、そこに人がいたからという驚きではない
まるで、何十年もの間合わないでいた知人同士といった風だった
「……近藤、さん?」
「久しぶり。元気してたか?」
全てが朽ち果ててしまっているこの場所で聞くべき事ではなかった
だがそれ以外思い浮かばす、苦笑を僅か浮かべる近藤へ
相手もソレを察したのか、穏やかに笑みを浮かべ、頷いた
「それより、一体どうしたんですか?此処に来るな――」
問いも最中、相手は近藤が血塗れである事に気付き
更にはその傍らに在る羽野を見、目を見開いた
「……と、兎に角近藤さん、手当しましょう。すごい出血です」
有無を言わさず近藤の腕を引き、ソファへと座らせる
何処からか持ってきた救急箱から消毒液と包帯を取り出した
手当に手を動かしながら
「……あの子は、秋夜なんですね」
床に座り込み、球体を弄り始める空き家を見、問うてくる声
黙す事で肯定する近藤へ
暫くして、相手の肩が揺れ始めた
「同じ、じゃない。昔と、あの時と!」
そして癇癪を起したかの様に喚き始めた相手を
近藤はその肩を痛みが伴わない程度に掴んでやり、宥めてやる
彼女が語り始めた(あの時)
ソレは、16年前にまで遡る
その頃から秘密裏に進められていた新都市計画
ソレに研究者として近藤も携わっていた
理想に近い世界をこの街の中に作ろうと様々な策を講じ
壊しては造りを繰り返す

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