《MUMEI》
序章
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小学4年生の頃だった。
道徳の時間に、ある一本の映画を見た。


それは、複雑な『事情』を抱える女との結婚を反対された男の悲劇が描かれていて、


わたしは、ただその儘ならない展開に胸を揺さぶられた。恋に恋する歳だったから、ただ、その悲恋話に酔っていたのかもしれない。


だから、父親に聞いたのだと思う。



―――もし、わたしがそういう『事情』の人と結婚したいって言ったら、お父さんは反対する?



最初、父親はわたしを相手にしてくれなかった。その時にならないとわからないなぁ…と笑って誤魔化して。

はぐらかされたと思ったわたしは、真面目に答えてよ、と父親にせがんだ。同じような押し問答を何度か繰り返して、父親はようやく―――というよりも渋々答えてくれた。



―――…結婚に反対はしないけど、きっとよく思わないだろう。



その言葉は幼かったわたしにとって曖昧すぎて、満足できなかった。



―――結局、どっちなの?反対なの?賛成なの?


―――さあね、どっちかな。


―――なにそれ〜?



わたしは、たぶん期待していた。


《そんな結婚、絶対に認めない!》


映画の中で主人公の父親が言った台詞を、わたしの父親も同じように言ってくれるのを。
お互いが愛し合っているのに周りの反対によって二人は引き裂かれる―――そっちの方がドラマティックでずっと素敵だ。

だから、父親の一見物分かりの良い返事がつまらなく感じたのだ。

父親は不服そうなわたしの顔を見て優しく笑い、



―――…『しなくてもいい苦労』はさせたくないだけだよ。



そう小さく呟いた。



その言葉は、わたしが思っていた話の流れとは完全にずれていて、ただ唐突に聞こえただけだった。




あれから、もう15年―――




あの時、父親がどういう気持ちでそう答えたのか、彼が亡くなってしまった今となってはもうわからない。


けれど、


父親が言った、『しなくてもいい苦労』というものに、今、わたしは直面しているのだと思う。



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