《MUMEI》

 街中の様子が明らかに変わったのは、その翌日の事だった
廃ビルで一夜を過ごした近藤だったが、全身に感じる痛みに一睡も出来ず
暫くして漸く転寝程度に寝入った、ちょうどその時
外から聞こえてくる喧騒に、また起こされていた
何事かと、割れている窓越しに見たとの景色に
近藤は一面の朱を見た
「……秋、夜?」
不意に嫌な予感に苛まれ、羽野の所在を確認するために視線を巡らせる
だがその姿は何処にもなく、嫌な予感が現実味を増す
兎に角探しに、と外へと出てみれば
はっきりと、そして鮮やかになる朱。そして町の至る所に倒れ伏す人の山
その中に佇む羽野の腕を近藤は引き寄せていた
抱いてやれば感じる血臭
何所か怪我でも負うてしまったのかと見てみれば、だがそうではないらしく
右手に握られているナイフからのそれと
よくよく見てみれば、全身に飛び散っている羽野のそれではない血液からだった
この二つから導き出せるのは、目の前の景色を彩ったのは目の前の少年だという事実
「……無、い。居ない」
うわ言の様に呟き、羽野は近藤の腕から逃れようともがく
だが近藤はソレを全く意には介さず、羽野の手首を手首を掴むと引き摺るかの様に廃ビルの中を進んでいく
その道中、目的のモノを見つけたのか、とを蹴り上げ中へ
ソコは、シャワールーム
水が出る事を確認すると羽野を中へと押しやり
服は身に付けたまま、水を浴びせてやる
皮膚に付着していた血液は水に溶けあい流れて行ったが、衣服についたそれは簡単には取れない
「……あれ、殺ったのお前か?」
着ている服は最早使いものにならない、と脱がせてやりながら問えば
感情の籠らない視線が近藤を見上げてくる
ソレを応と捉えた近藤が徐に羽野の手首を掴み上げ壁へと押しつけた
「……っ!」
背を打ちつけられた痛みで羽野の呼吸が瞬間に止まり
近藤を睨みつけるその眼は生理的なものなのだろう涙で僅かに濡れていた
久方振りに重なった視線
すっかり濁ってしまっているその眼に、近藤の姿は映ってはいない
今からどうればいいのか、何をすべきなのか
その答えがどうしてもまとまらない
「……こんな処に居たのか」
不意に聞こえてきた耳障りな声
向いて直って見れば、あの男が立っていて
だが見る姿は以前とは明らかに違っていた
和人と同様白化が進み、骨ばかりなってしまっている身体
立つ脚すら白く、覚束ない足取りだ
「……何故お前は白化が進んでいない?」
腕の一部こそ白化しているが、それ以上の進行がない近藤
ソレを訝しむ相手へ、何を答えて返す事無く一瞥をくれてやるだけ
その沈黙の意味する処は一体何なのか
暫くの対峙の後
「まさか、お前……」
相手は一つの仮説に行き付いたらしく
徐々に驚愕の表情を見せる
「B・Sを、持っているのか?お前も」
僅かに震える声で問うてくる相手へ
近藤は嘲笑に肩を揺らして見せる
そして徐に自らの首筋を指差して見せた
そこは何かが入っているかの様に、一部が盛り上がっていて
何なのかと、相手は怪訝な顔をしてみせる
「……自分で入れやがったのを忘れたか?」
含みのある笑みを向けてやる近藤
同じ16年前のあの日
進む白化に怖れを抱いた相手がB・Sの試作品であるソレを
近藤の身体へと実験的な意味合いで埋め込んだ
そのおかげか、近藤の白化は進行を止め
ソレを好機にと、次々にB・Sが作られて行った
だが著しい効果を上げたのは近藤のそれだけで
他の人間は白化の進行を抑える事はできなかった
「お前と私達、一体何が違うというんだ!?」
癇癪を起こしたかの様に喚くばかりの相手
睨む様な視線を向けられ
だがそれも、今、骨ばかりになりつつある相手では、同情を誘うものともの意外の何物でもなかった
「……私はB・Sを手に入れた。それ、なのに――!!」
何故だと更に喚く相手
悔しがる姿はいっそ哀れで
何を言う事もせず、唯眺めるばかりの近藤の傍ら
立つ事しかしていなかった羽野が俄かに相手へと歩み寄って行った
相手へと向けてやる満面の笑み
赤子の様に純粋過ぎるソレに、相手は僅かばかり動揺し
そして羽野は何を思ったのか、唐突に身を翻した
土を蹴る脚は羽根の様に軽げで

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