《MUMEI》
寂しくて
まさか高原が追いかけてくれるだなんて思わなくて。


まさか高原が俺に好きだよ、なんて言うなんて思わなくて。



まさか高原が後ろから抱きしめてくるなんて……。




時が止まったかの様に周りの音が消えて、俺の呼吸も止まって、全身が熱くなって。

あんときは死ぬかと思った。

ただ、何も言えずかたまるだけの俺に、高原は静かに、好きだよって、もう一度小さな小さな声で言った。







あれから俺達の関係はそれ程変わる事もなく、夏休みに入った。
俺はすでに入学が決まっている高校の部活の練習に参加しなきゃならなくて、寮に仮住まいしながら毎日毎日練習に明け暮れている。

俺と高原は携帯持ってないから、俺は毎日寝る前に、「おやすみ」を言うために電話をしている。


それは一回につきこの100円玉一枚だけの通話。

そんなにお小遣の多くない俺にとって精一杯の予算。



今日も俺は受話器を上げる。


薄暗い、小さな小さなロビー。
しんと静まり返る中、公衆電話のボタンを押す音が静かに響く。




プルルルル

(一回…)


プルルルル…

(2回…)
ガチャリ



『はい』




必ず、多少時間帯がずれたって高原は2コール目に必ず出る。



「俺だけど」


『うん、今日もお疲れ』


この一言で、慣れないここでの練習の疲れが一気に吹っ飛ぶ。



――――これで明日も一日頑張れる。




通話時間は約30秒。
それだけ俺達は遠く離れている。


『俺な、いーこと考えついたんだ』


「え?なに?」


『30秒100円よりもっといい方法』


「え…」


なんだろう…。



『あさって小遣い日だからさ』



「うん」



『俺、前嶋に会いに行く』


「えっ?」


ぷっつ、

プーップーップーップーッ…




「………、高原…」



嬉しくて、凄く嬉しくて。


いつもお互いに早口で言っていた、おやすみを言いはぐったけど。





ふと頬に熱いものを感じて手をあてたらそこは酷く濡れていた。



俺…、本当は寂しくて寂しくて死にそうだったんだ。

ちょっと声聞いただけで満足した気に、無理矢理なっていただけなんだ。



あさって、会える。


会ったら、いっぱい話がしたい。
頑張れって、いっぱい言ってもらいたい。


今晩は、夜中に寂しさで目が醒める事はなさそうだ。



End

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