《MUMEI》

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俺の失言で憂は榊原に対してかなり興味を持っていたし、昼休みに彼女が彼と何やら話し込んでいたのは十中八九、同好会の勧誘に違いない。
そして榊原も教室では、思うように俺にアプローチが出来ずにいる。

そこへ同好会の誘い―――しかも実質的にメンバーが二人きりの小さなサークルの入会を勧められたとしたら?

人目を気にせず俺に近づける。アイツにとってそんなチャンスは他にない。

榊原が今日の放課後、ここに潜んでいる可能性はゼロではない筈だ。と思ったのだが。



思い過ごしか…。



アイツは敬虔な修験者だ。俺をそこまで追いかけ回している暇も無いのだろう。

俺は安堵のため息をもらし、机の上に鞄を置いた、そのとき、


「何を探してるのかなぁ?」


緊張感のない抑揚が背後から聞こえて俺は悲鳴を上げそうになった。寸でのところで何とか堪えつつ、慌てて振り返る。

「さっ…榊原っ!」

開けっぱなしのドアにもたれながらこちらを眺めてニヤニヤしていたのは紛れもなく榊原だ。

「ユーレイでも見たような顔してどしたの?真っ青だよ?」

「か、帰ったんじゃなかったのかよ?」

「うん。帰ろうとしたんだけどね、忘れ物に気づいて教室へ戻ったら慌ててどこかへ向かう灰谷を見かけたからさ。気になって追いかけてきたんだ」

つけてきていたのか。全く気づかなかった。背筋が寒くなる。

軽い調子でそう言って彼は部室の中へ入った。部屋の中をじろじろ観察しながら、へぇ…と感心するように笑う。

「悪趣味な同好会のアジトにしてはまあまあの部屋じゃない?日当たりもいいし、広さもちょうど良くて」

その言葉を聞いて、やはり憂がコイツを勧誘したことを確信する。ここが部室だと俺は一言も言っていない。


黙り込んでいる俺をよそに、榊原は掃除用ロッカーへ視線を向ける。しばらくじっとそれを見つめたあと、…なるほど、と呟きニヤリと唇に笑みをこぼした。

「ちゃんと『ヌシ』もいるわけね、ますますおあつらえ向きじゃないの」

掃除用ロッカーは、この部屋にいるちっちゃいおじさんの棲みかだ。榊原はただ見ただけでそのことにも気づいたようだ。
ちっちゃいおじさんも俺達の話し声に気が付いたようで、ロッカーの隙間からひょっこり顔を覗かせた。普段から憂以外に対して、愛嬌のある人懐っこいおじさんである。



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