《MUMEI》
犬神
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『エサ』、『囮』。

挙げ句に『祟り』だと?



「帰る」

下らない話に付き合いたくないので、鞄を手に取り部室を出ようとした俺の腕を榊原はしっかりと掴んだ。振りほどくのが困難なほど、その力は強かった。

「エチケット違反だよ、灰谷。話は最後まで聞いてくれる?」

柔和な表情と裏腹に、その瞳は凍てついていた。俺と歳の変わらない同級生がどうしてこんな顔ができるのだろう。家柄のせいだろうか。

そら恐ろしくなり、俺は足を止めた。賢明だね、と榊原は笑う。

「引き留める方法は色々あるけど、力づくっていうのはあまり好きじゃないんだ。お互い疲れるしね。君は察しが良い」

誉められているのか。俺はげんなりする。

「…お前の気違いな話に付き合うとこっちまで頭がイカれそうだ。女子失踪事件と『祟り』が繋がるなんて、俺には全然理解できない」

精一杯虚勢を張ってはね除けたつもりだったが声は疲弊してヘロヘロだ。対して榊原は変わらず落ち着いた口調で答えた。

「普通はそうだろうね。でも事実なんだ」

彼は俺の腕を解放すると、制服のポケットに手を突っ込んだ。

「実は僕が依頼されたのは、『犬神』の調伏なんだ」

「イヌガミ?」

何のことか尋ねる前に、榊原は口を開く。

「簡単に言えば犬霊の憑き物―――呪術として遣わされるバケモノさ。一方ではお稲荷さんみたいな狐憑きと同じものと見なされているようだけど、本質は全然違う。犬神は祟り神として恐れられ忌み嫌われている」

難しくてよく理解できないが、犬神というのはとにかく気味の悪いバケモノなのだろう。
榊原は饒舌に続けた。

「犬神は本来、『犬神持ち』と呼ばれる一族に属していて他の人間とは交わりを持たない。犬神持ちは自分達の存在を隠して生きてきた。かなり閉鎖的だけど、その反面彼らの秩序はそれなりに護られてきたってわけ」

そこで一言区切り、榊原は物憂げに細いため息をこぼす。

「でもさ、このご時世いつまでも時代錯誤に保守的でいられるはずがないでしょ?パソコンのマウスひとつで何でも検索出来ちゃう世の中で、彼らの存在が世間に明るみになるのは簡単だった」

彼は窓辺に歩み寄り、外を眺めた。すでに笑顔は消え去り、その瞳は深い闇のように暗かった。



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