《MUMEI》

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少し間を置いてから、榊原はそういえば、とわざとらしく声を改める。

「彼女と付き合ってるんだって?クラスの子から聞いたよー」

「付き合ってない」

間髪入れず否定する。もう反射になっているようだ。

榊原はしかし、驚くこともなくただ穏やかに続けた。

「けど、全然仲良くないってワケじゃないんでしょ?こんな同好会を一緒にやってるんだし。少なくとも他のクラスメイトよりはお互いに気を許してるだろうっていう僕の推測は、まさかの見当違いなのかな?」

俺は黙っていた。きっと榊原は全部わかっている。

教室で、俺と憂が一緒にいるところをじっと眺めていたのは、冷やかしとかそんな下らない理由じゃない。


彼女との関係性を推測し、

それが俺の弱みになるかどうか探っていたんだ。


榊原は俺の顔を見て笑った。そんな怖い顔しないでよ、とおどける。

「何でも顔に出ちゃうとこ、昔から変わんないよね、灰谷って。さて、どうかな?ちょっとは協力してくれる気になった?」

俺は口を開かなかった。何を言ってももうムダだ。どう抗ってたって全ては、榊原の思惑通りに事は進むだろう。

さらに榊原は追い討ちをかける。

「もし、それでも君が絶対に嫌だと言うならそれは仕方ない。その時は神林さんに協力してもらう。むしろそっちのほうが話は早いかもね。彼女はこういったオカルト話に目がないみたいだから僕の依頼を断らないだろうし、しかも犬神の好みにぴったり当てはまるときた。『囮』には最適だと思わない?」

話はほとんど決まっているのに、あえてそう言うことで俺が自分の依頼を断る退路を完全に閉ざす。本当に嫌な性格だ。

黙ったまま睨み付けると、彼は肩をすくめた。

「結果が同じであれば、どっちが協力してくれても構わない。手段は選ばない主義なんでね、悪いけど」

「…相変わらず最低だな、お前は」

唸るようにようやく言い返すと榊原は、それは別に否定しないよ、と肩をすくめた。

「で、どうするの?やる?やらない?あまり時間がないんだ、早く決めてもらえると助かるんだけどな」

珍しく返事を急かす。本当に猶予はないのだと思った。

犬神はかなりの狂暴性を持つ祟り神。榊原は失敗はしないと断言しているが、全く危険性がないとは言い切れない。

仮にここで俺が依頼を断れば、間違いなくコイツは憂に打診するだろう。さっきの言葉は冗談や脅しではない。本気だ。榊原はそういう奴だ。

しばらく沈黙したあと、ゆっくり口を開いた。


「わかったよ―――」


その一言で榊原は俺の心情を心得たようだった。今までで一番優しい、極上の微笑みを浮かべる。

「やっぱり君は賢いね」

コイツの上から物を言う態度には慣れているつもりだが、今は吐き気がしてならない。



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