《MUMEI》

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榊原は机の上の写真をまとめるとポケットに入れた。

「君と『友達』で本当に良かった」

にこやかに言う榊原を、睨み付けたその時、


「榊原くん?」


ドアの方から聞き慣れた声が飛んできた。俺と榊原は同時に振り返る。そこには憂が立っていた。

「どうしたの?もしかして入部希望?」

何も知らない彼女は瞳を輝かせて榊原へ近寄った。榊原はにっこり微笑み返す。

「いや、今日は見学だよ。灰谷に色々説明してもらってたんだ。入部についてはもうちょっと検討させてもらってもいいかな?」

上手いことはぐらかした。やはり人を欺く天才だ。詐欺師になった方がいい。絶対。

案の定、憂はまんまと騙されたようで疑うことなく頷き返す。

「ぜひ前向きな方向でお願いするわ」

その言葉には答えず、榊原は微笑んだまま俺を見た。

「それじゃ、僕は失礼するよ」

そう言って俺の肩にポンッと手を置き、ぐっとそのキレイな顔を近づける。


…今夜7時に**神社で。


それは近所にある古い神社の名前だった。

囁く声が聞こえたのはほんの一瞬で、俺が顔をあげた時にはすでに榊原は部室を出るところだった。

憂は見送るために彼の後ろをドアまでついていった。またずいぶんとご執心のようである。

榊原は廊下へ出る前に、立ち止まって振り返った。

「さよなら、神林さん…」

憂に挨拶して微笑み、それから視線を巡らせ俺を見る。

「灰谷、またね。色々『ありがとう』」

手をヒラヒラ振って、榊原はさっさと立ち去った。

憂はしばらく榊原の背中を見つめていたが、やがて部室の中へ入ってきて俺に詰め寄った。

「ねぇ、榊原くん何て言ってた?興味はありそう?あなた、まさか変なことは言ってないでしょうね?」

機嫌が良いのか、興奮しているのか、表情はいつも通り冷めているがやたら饒舌だった。

捲し立てる声を聞きながら、俺は憂の顔を見つめる。


艶やかな長い黒髪。陶器のように滑らかな白い肌。凛とした瞳の輝き。形のよい赤い唇…。


どれをとってもキレイだった。

犬神が探し求めるような。


まさに理想のターゲット。


「なに?わたしの顔に何かついてる?」

怪訝そうな彼女の声で俺は我に返ると、何でもない、と慌てて笑って誤魔化した。


何でもない。

そう、俺が『囮』になりさえすれば。



―――憂が危険にさらされることはない。



俺の様子がいつもと違うことに気づいたのか、憂は、変なひと、と呟いて、しきりに首を傾げていた。



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