《MUMEI》
転校生、キシダ レイタ
.
「…俺は男だ」
「知っています。」
「…なら、手、離せ」
接続の文字を全て飛ばして、叩き付けるように言葉をぶつけた陽平は、自分を壁際まで追い込んだその人物を睨んだ。
「断ります。」
陽平の両手首を掴んで、頭上で後ろの壁に縫い付けるように陽平を押さえこんだその人物は、唇端を上げた
(こいつ…ッ!)
その高慢な態度に、陽平は一層に拒絶のレベルを上げる。
こんなときの対策として重要なのは、
とにかく《相手の気を逸らすこと》だと分かっていた陽平は、憤りを押し殺して会話を続けようと試みる。
「零汰…ここが何処か、わかってるのか?」
「S高校の、僕らのホームルームじゃないですか?…ま、関係ないですよ。僕は見られても構わないですから。それより…」
「っ…?!」
当の本人は何が起こったか分からないまま、陽平の肩がひとりでに跳ねた。
(な、んだよ…)
反射的に閉じた瞼を上げると、首筋に埋められていた顔が、再び自分に向き直った。
「…そんなこと訊いて来るってことは、意外と乗り気なんですね。」
陽平は顔を赤らめて視線を落とした。
零汰は満足げに、陽平の手首を握る力を少し緩めた。
「零汰…」
陽平は顔を赤らめたまま、幾分か潤んだ瞳で零汰を見つめた。
零汰は息をのみ、
「ぅぐっ!」
状況が飲み込めないままヨロヨロと後退り、前のめりに蹲る。
「俺にはそんな性癖、ねーから」
振り上げていた右膝と、突き出していた左肘を戻して、陽平は零汰を見下ろした。
(演技の為とはいえ、ずっと息止めてんのはキツいな…)
陽平は固定されていて血液がたまり気味だった手を組んで、手首をクルクルと回した。
「ちょい、やり過ぎたか?」
小さい後悔に苛まれ頭を掻きながら、陽平は心拍と涙腺を平常呼吸時の状態に戻す為に、数回深呼吸をした。
「…大丈夫かぁ?」と左のみぞおちと右の頸部を強打され、まだ立ち上がることの出来ない、
もはや(はたから見れば)被害者の側にしゃがみ込む。
「………」
微動だにしないその様子に流石に心配になり、陽平は返事をしない《被加害者》の背中を、おずおずと擦(さす)った。
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