《MUMEI》 魔王が存在する世界ある日の昼休みに、槙谷君と目があった。私が槙谷君を見ることはよくあるが、槙谷君が私を見ることは珍しい。つまり目が合うという出来ごとは、そうあることではない。 イジメの主犯格である加藤さんが、いじめられっこの槙谷君に食堂でパンを買ってくるように強要して、加藤さんの取り巻きである竹田さんと小林さんが便乗して槙谷君に「お使い」を頼む。槙谷君は加藤さんにお金を要求するが、彼女はそれを無視して彼を蹴り、教室の入り口へせき立てる。 なさけない姿だ。人間、ああは成りたくない。 そんな風に考えながら彼を見ていると、槙谷君が振り返り、目があった。 間違いなく彼は私を見ていた。彼の視線は、その状況に反して人を見下したような、優越感に満ちた物だった。 「早くいけ」 加藤さんにまた蹴られるまで、目は離れなかった。 私のクラスにはイジメがある。別に不思議なことではないだろう。たくさん人が集まれば、つまはじきにあう人間がでるのは当然のことだから。 私は、持ち物にいたずらされたり、食堂に走らされてる槙谷君を見ても、彼に対して軽蔑と嘲笑の感情しか浮かばない。これは運の問題、世界にたくさんある不条理で残酷な運の問題であるからだ。彼はほんのちょっとだけ運がなかったから、そういう役回りに選ばれたのだ。そして私も彼を見てバカにする。いじめられっこはバカにされるために存在するのだから。 うちの担任である飯島は、自分のクラスでイジメが起きていることに気がついていない。というより、彼は学年一の秀才である早川さんしか見ていないのだけれども。彼は自分の受け持つ英語では彼女ばかり当てて、正解すると満足そうにうなずき、みんなも早川を見習え、と言う。早川さんも積極的に飯島に相談やら何やら行っているらしい。あの二人はできているともっぱらの噂だ。 私は図書館に行こうと立ち上がったが、入り口で誰かにぶつかった。サッカー部の坂崎君だった。クラスのムードメーカーである彼は、クールで通っているバスケ部の田原君と喋っていて、私に気がつかなかったらしい。 坂崎君はちらっと私の方を見たが、興味なさそうに視線をはずして、田原君と喋りながら教室へ入った。 私は昼休みは本を読むことにしている。昼ご飯は食べない。弁当はそもそも持ってきていない。母は忙しいし自分で作るのも面倒だから。混んでいる食堂で買うのも億劫だ。 母はいつも父と言い争っている。父は母を憎んでいるし、母は父を憎んでいる。でも、二人は離婚しない。父は母がいないとご飯を食べることができなくなるし、母は父がいなくなることで世間体が悪くなることを恐れているから。 二人は決して離れることはない。彼らはお互いを罵りあいながら生きていく。 だから私は、口論が聞こえるリビングを通り抜けて二階の自室に入り、CDを大音量でかけながら、本を読む。 その日も、私は家で読むための本を借りた。談笑していた図書委員は、事務的に作業をこなすと、また談笑を始めた。 前へ |次へ |
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