《MUMEI》

 教室に帰る最中、階段の前でジュースを抱えた槙谷君とはち合わせた。時間から察するに、再度買いに行かされたのだろう。
 彼は私を視界にいれると立ち止まり、蔑んだ瞳で私を見つめた。私は彼の横をすり抜け階段を登り始めたが、背中から彼のねちねちした視線が離れなかった。
「なに?」
 私は振り返り、睨みつけながら言った。しかし彼は眉一つ動かさず、淡々と言った。
「君は、誰?」
「は?」
「僕は、いじめられている槙谷純。君は?」
 彼は、口ごもっている私の様子を見て満足そうに笑い、私の横を通って歩きだした。
 私は持っていた本を彼に投げつけた。
 本は彼の背中に当たったが、彼は振り返りはしなかった。
 彼の目にはもはや私は写っていない。
 槙谷君は教室に帰っていく人波に消えていった。人の流れは途切れることなく、それぞれの教室に続いていく。
 階段の中腹で立ち止まる私に、誰かがぶつかった。でも、その誰かは私を見ずに、教室へ急ぐ。

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