《MUMEI》

「口に……だと、語弊がありますね。
顎を捕まれて口をこじ開けられました。そして男はコックの一つでも舐め回せと、突っ込んできました。
あまりに嫌で嫌で、抵抗すると壁に打ち付けられるとそのまま意識が遠退いてゆきました。」

淡々と語るそれは作り話のようで、現実味が湧かない。
しかし、震える姿は小動物そのもので、彼の壮絶な出来事を物語っていた。


「……今日はもう、寝ましょう。明日も朝早いでしょう。」

明らかに怯えているので、息子を呼び一緒に朗読を聞かせた。

恐竜と小さな女の子が冒険する話を読んで、息子が眠りにつくと、彼は少し落ち着いたようだった。


「お休みなさい。」

戸惑いが、彼へかける言葉を逸らす。


「はい……あの、」

私を見透かすように、遮った。

「俺……気絶してから、夢かと思ったんですけど、口の中にえぐみが残っていて。
口を濯いでも消えなくて……ここにいつの間にか居たんです。温かいご飯が舌の上に広がって、安心しました。
ここに置いてくれて、有難うございます。」

彼の方がよっぽど大人だ、私は困惑したままだというのに、彼は先へと進んでいる。

そして、彼が現れたのだった。

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