《MUMEI》

「私がどうしたいか、ですか?」
「それが、まずは一番先、だろ?」
そうは思わないか、と口元に僅か笑みを浮かべて見せれば
安堂の表情が漸く解けて行く
「……私、お母さんの事、嫌いじゃないんです。でも……」
言葉も途中、どうしてか安堂は顔を赤らめ、三原の方を見やる
暫く俯いたままの安堂
だがすぐ顔を上げると、爪先立って三原を抱きよせた
「……毎日、倖君に、会いたい、から」
始めて願う、自らの恋愛成就
ソレがもし叶う事が無くても伝える事だけはしたい、と
安堂は真っ直ぐに三原を見つめる
「……私、お母さんと話、します。ちゃんと、言わなくちゃ」
「そか」
「そしたら、倖くん。あの……」
何故か口籠る安堂
中々続かない先に、だが三原は急かす事はせずその先を待ってやる
「わ、私、倖君に言いたい事、有ります。……聞いて、くれますか?」
「俺でよければ」
三原の返事を聞き、漸く表情を明るく顔を上げた安堂
そして踵を返すと、そのまま走り出す
何処へ行くのか、安堂のソレに驚いたらしい三原が問うてやれば
「……お母さんの処、行ってきます。ちゃんと、自分の気持ち、伝えてきますから」
「頑張れそうか?」
「はい。……ソレで、あの倖君」
「ん?」
「今日の夕方、お仕事の帰りでいいです。此処に、寄ってくれますか?」
顔を真っ赤に三原の方を見やる安堂
三原が頷いて返してやれば、満面の笑みを浮かべ踵を返す
行ってきます、との声に手を振って返してやった
「……長年離れて暮らしとった所為か、未だに互いの距離感というモンが掴めとらんのです。あの親子は」
「何で離れて暮らしているのか、理由をお尋ねしても?」
余り立ち入るべきでない事は解っていた
だがどうしても安堂の事が気に掛り問う事をしてしまえば
「……稔とあの母親は、本当の親子ではないんです」
「と、いうと?」
「あれの両親が離婚した話は以前にもしましたな」
「ええ」
「その時稔は父母のどちらにもついて行こうとはしませんでした。挙句にと知らともが親権を放棄してしまい、それを見かねて稔の親権を持ったのが」
「今の母親、という事ですか」
「そうです。本来はあれの叔母に当たるのですが。これがまた余り家に帰らん仕事をしておりまして」
「それで、此処に?」
「少しでも寂しさがまぎれればと思いましてな」
「そう、だったんですか……」
安堂の複雑な家庭環境を聞き
三原もまた複雑な表情を浮かべて見せる
その様に、祖父はフッと肩を揺らすと
「そんな顔をせんで下さい。あれは今、あなたのおかげでとても幸せそうにしておる」
「俺、ですか?」
「ええ。あんな元気のいい稔は久方振りに見ました。三原さん、アレの事、宜しくお願いします」
深々と頭を下げられ、三原は動揺に慌てだす
自分はそんな大した事などしてはいない、と
「……今の若いもんには珍しく謙虚じゃのう。」
老人らしい笑い声を上げながら、祖父は三原へと軽く頭を下げその場を後に
その背が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた三原だったが
出勤時間が差し迫っている事に気付き
心持ち小走りに三原もその場を後にしたのだった……

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