《MUMEI》

「あの三村と付き合ってる?」

「うん、告られたんだ、それで付き合う事にした」
俺はスエットを脱ぎ捨てデニムに足を通す。
兄貴は俺の着替えを漠然と見つめながら静かに言った。
「三村はケンカが強いだけじゃないんだぞ?族の総長なんだぞ?」
「分かってるよ、同じクラスなんだし…」

「で、それで今日早速デートかよ」

「…デートって程じゃ…、見たい映画あるって言うから付き合うだけだよ」

財布の中を確認。ハンカチとティッシュもきちんとバッグに詰めて。

「な、一哉」

「ん?」

「キスさせんなよ」

「はあ?」

何を言いだすんだとばかりに兄貴を見ると、かなり真剣な表情にぶつかった。


「男はいったん火がついたらとまらねーからな、キスだけでもさせたら最後まで喰われるぞ。
ましてや三村が相手じゃおまえ押さえ込まれたら確実にアウトだからな」


「何言ってんだよもう…」



待ち合わせ場所、待ち時間ぴたりに来ると既に三村はそこに居た。

「…あ、ごめん、遅くなって…」

「いや、俺が勝手に早く来ただけだから」

三村は俺から視線を外し俯いた。
いつも崩れたブレザー姿しか知らなかったから、三村の私服姿があんまりにも新鮮で。
つか、勝手に想像していたのとは程遠かった。
きっとアクセ目一杯つけて、アメカジでいかにも遊んでますって感じだと思っていたから。
普通にデニムとありきたりな無地のシャツ。いつも煩い位香ってる香水も感じられない。
つか、一番びっくりなのは、真っ白に染められていた髪が真っ黒になっていた事だ。

「ね、髪黒いけど染めたんだ」

「…変か?」

「ううん、三村はこっちの方が似合うと思うし、こっちの方が好き」

素直な感想。うん、なんかおっかないイメージがちょっと…いや、かなり薄くなったかなって。

「本当に?」

三村は顔を上げて俺を不安げに見てきて、俺はそれに向かってニッコリ笑って頷くと

三村も嬉しそうに笑った。

「………」

始めて三村の笑顔を見た。
なんか、めちゃめちゃドキッとした。



今一番話題の映画。アクションでラブストーリーでアメリカ映画の定番みたいなやつ。
三村はじっとスクリーンに見入っている。
俺はさっきの三村の笑顔が忘れられなくて映画に集中出来ずにいた。
告られた時、何となくの好奇心でOKしただけだった。

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