《MUMEI》

 翌日、総長であるにも関わらず外から聞こえてくる騒音を聞きながら
羽野は唯ぼんやりと外を眺め見ていた
一体何の騒音なのか
気になりはしたが、態々外に出てまでして知ろうとは思わず
羽野は居間へと身を翻す
「……またこんな処で寝てやがる」
新し住居とした古めかしいアパート
その居間に置かれている前の住人が残して言ったらしいソファの上で布団も掛けず熟睡する近藤を見つけ
羽野は微かに溜息をつく
だが気持ちのよさそうな寝顔に起こす事は憚られ
羽野は仕方がなく、手近にあった携帯用ラジオを手に取り
何か聞こえはしないかとイヤホンを耳へと嵌めた
聞こえてくるのは世界の情勢
雑音混じりのソレれ、途中速報として入ってきたのは
新都市解体の報せ
だがその真意は語られる事はなく
資金面での問題で中止せざるを得なかった、との報道
如何にもらしいその報道に、羽野は半ば呆れイヤホンを剥ぐ様にはずしていた
ソレをテーブルの上へと置けば
そのテーブルの周りに大量の写真が散らばっている事に気付く
「……こんなに散らかして、何やってんだか」
愚痴りながら、ソレを拾い始める羽野
その最中、ふと目に入った写真に手を止める
「……これって、父さんと母さん、だよな」
写っていたのは、見覚えのある父母の若かれし頃
写真の中の母親はその腕に赤子を抱き
とても幸せそうな笑みを浮かべている
つまりはその赤子が自分なのだとすぐに知れた
まるで小猿の様な顔をしている、と自らを笑ってやれば
その写真のなkの一枚に、両親ではない誰かに抱かれて写っている写真が
よくよく見てみればソレは、まだ若かった頃の近藤
泣き叫んでいるらしい羽野を四苦八苦しながら抱いている様が撮られていて
羽野はまた肩を揺らす
そしてこんな物心つく前からこの男は自分を見ていてくれたのだと安堵していた
「……老けたよな。当然、だけど」
写真と見比べながら笑う声をつい漏らせば
その写真の束の中から、紛れていたらしい一枚の便箋が落ちてきた
何かと思い、見てみれば
「これ……」
ソレはどうやら、両親が近藤へと宛てた手紙
その内容はまるで全てを見透かしているかの様で
羽野の身に危険が及びそうになったらその時は守ってやってほしい、と
その旨が懐かしさを感じさせる字体で書かれていた
出会った事は偶然ではなかった
探して、見つけて、守ってくれていたのだ、と
羽野は未だ寝入る近藤を眺めながら、その首筋に埋まるB・Sへと指先を触れさせて
くすぐる様に触れてやれば、近藤の眼がゆるり開いて行く
「……人の寝込み襲うとは、悪いガキになったモンだな」
眼を覚ますや否や腕を引く近藤
その弾みで羽野は近藤の上へと倒れ込み、しっかりと抱き込まれてしまっていた
互いの身体が密着すれば
その奥から、心臓の音ではない別の鼓動が聞こえてくる事に羽野は気付く
近藤の首筋と、自身の臍の辺り
ソレがB・Sの脈打つそれだと気付いたのはすぐ
生きているのだと、そしてこれからを生きていけるのだと実感させてくれる音
「……オッさん」
「何だよ?」
徐に呼んでやり、おして暫く間を開けた後
羽野は近藤の耳元へと唇を寄せながら
「……ありがと、な」
短く、呟いた
そのありがとうは何年分のソレか
恐らくは羽野が生まれ、生きてきた16年分
近藤が羽野を探し、見守ってくれていた事に対する謝辞
それだけで近藤は自らが犯した罪に対しての罪悪感が僅かだが薄れる様な気がした
無論、そんな事は決してないのだが今は
守る事の出来た目の前のたった一人を慈しみ
そして自らの生きる術となってくれた事に感謝しながら
暫くの間、その存在を腕の中に感じていたのだった……

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