《MUMEI》
どきっ?
陸上部が校舎の外を走っているのを横目に、俺は悠々と自転車で坂道を下った。
「あ〜涼しー」
陸上部が聞いていたらけっこうな反感をくらうだろうな、、。
体育の授業で走ったことがあるが、あの坂道のアップダウンは鬼畜と言うにふさわしい。
「コーチも鬼のようだって聞いたことあったな」

商店街を抜けると土手に着く。ここに来てちょっと横になって空を眺めるのが俺の最近の日課になっている。そう、ここがいわゆるいつもの場所だ。
「……は〜、、空が青いね。まるで俺の心の様に青々と清みわたっているよ」
一人でこんなことぼやいてて恥ずかしくないかって?恥ずかしくないですとも、ええ。
「………で」
「………て」
土手を下りた方で何やら聞こえる。
「来ないでー!」
今度ははっきり聞こえた。
見ればまたもや先程の彼女が、なにやら犬に追いかけられている。あっ、転んだ。
「いやー平和な世の中だね〜」
彼女のことはとりあえず見なかったことにしよう。
「ぐすっ、ぐす」
やはり気になってしょうがなかったので見ると、泣きじゃくりながら犬に顔をベロベロ舐められている。
「あはは、くすぐったい」
笑っている、、笑っている!?
「マジか、あんな顔すんのか、、、」
どきっ
誰だ適当な効果音つけたのは。普段声のトーン一定でポーカーフェイスで誰とも接する態度をみせなかった彼女こと東條由梨が、なんの前触れもなく見せた表情にちょっと驚いただけだ。
さて、まあ助ける必要も無さそうだしな、帰るとしますか。
「よっこらしょういち」
ふむ、腰が軽いな。なんだかいいもの見た気がする。
高校2年の夏、遠くでじわじわと蝉の声が聞こえていた。

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