《MUMEI》

だが、その表情は一変《いっぺん》、不安そうに顔を曇《くも》らせ、


「気を付けるんだぞ!」


低く、しかし力強く、一言だけオレに言った。

呆気《あっけ》にとられ「あ、あぁ」とだけ答えるのが精一杯なオレを尻目《しりめ》に、父さんは「いってきます」とだけ言い、早々《はやばや》と仕事に出かけてしまった。

そんな一部始終を見ていたのか、母さんは「もう……、お父さんは心配性なんだから」などと言っている。

「そ、そうかなぁ?」

「そうよ、お父さんは心配してるわ」

いや、いやいやいや、そんなんじゃなかったよアレは! 一人、心の中で母親に抗議《こうぎ》する。

「それはそうと、アンタもそろそろ学校いかないとダメでしょ?」

あぁ、そうだったと、残りの食パンと牛乳を胃袋に収《おさ》め「ごちそうさま」と席を立つ。

用意してくれていた弁当をバッグに入れ、玄関に向かう。

「栄司《えいじ》のお弁当も持っていく?」

母親はマヌケな弟の弁当入り巾着を、これ見よがしにブラつかせている。

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