《MUMEI》

「ん? あぁ、そうだな。いらねぇ」

「そう? じゃあ入れとくわね」

「なんでだよ」

やれやれ、毎回こんな調子だからなぁ。

「そうだ、昨日言ったと思うけど、お父さんとお母さんは――」

「分かってるって。今日の夜から土・日使って小旅行だろ? メシとかはオレ達でなんとかするから、心配ないよ」

「そうね。二人のことだから心配はしてないけど……」

言い淀《よど》む母親の顔色が悪いような気がして、

「母さん、具合悪いのか?」

心配になり、尋《たず》ねてみると、

「えっ!? そんなことないわ。大丈夫よ」

慌てて何かを隠すように笑顔を向けてくる。

いつもと違う母親の様子に疑問を懐《いだ》きつつも、本人が大丈夫だと言ってるんだから、これ以上追及しても意味は無いかもしれない。

「そっか……。じゃあ、いってくるよ。母さん」

「いってらっしゃい。敬太《けいた》、気を付けてね」

バッグを肩にかけ、玄関のドアを開けると、春にしては少々冷たい風が頬《ほお》を撫《な》でる。

さあ、いくか!


――高校生活の長い一日が、今日も始まる。

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