《MUMEI》
旅路
気がつくと、私は駅のホームに立っていた。
駅は無人で、乗客らしい姿は見えない。
それに、この駅に見覚えがなかった。

ここ、どこなんだろう?

さっきまで、屋上で美由紀の話を聞いていた。いつのまに、こんな所へ来てしまったのだろう。
帰りたいが、帰る道もわからない。誰かに尋ねたいが、人がいる気配もない。

ゴォーッ

何かが近づいて来た。
私はすぐに顔をあげ、目を凝らした。
だんだん近づいてくる。

電車だ。

その形はどう見ても電車だった。

帰る道は、車掌さんにでも聞こう。

キーッとブレーキ音を響かせながら、電車が止まった。
運転席にまわり、窓を覗きこんだ。

あれ……?

運転席には人影すら見えないのだ。
薄暗い車内は普通ではなかった。
客の姿なんてどこにもない。


「あのー、誰かいませんか?」
扉をたたいた瞬間、いきなり扉が開いた。
中からは、車掌らしい人物が出てきた。

「お待たせしました。お乗りください 」

「あ、あの、ここは何駅なんですか?」

「……」

「あ、あのー」

「わたくしは、土田彩香様をお迎えにまいりました」

車掌らしき男は、沈黙の後にぽつりと言った。

「私は、誰も迎えに頼んでません!帰り道を教えてください」

私が、少し強い口調でいうと、男の口元が緩んだ。

「はい、閻魔大王様の命令です」

「は、えんまだいおう?」
私は驚いた。
閻魔大王なんて、架空の存在ではないか。

「冗談はやめてください」
「いいえ、冗談ではありません。あなたは、これから旅をするのです」

「だから、冗談はやめてよっ!」

私の声は男の声を遮っていた。
しかし、男は笑みを浮かべたままだ。

「なに、笑ってるのよ」

「旅をするのです。あなたの運命は決まりました。だから、旅をするのです」

「運命?どういう意味?」

「説明は、閻魔大王様がされます。とりあえず、お乗りください」

男はそういうと、手をぐいっとひっぱり、無理矢理、私を車内に引きずりこんだ。

「きゃっ、何するのよ!」
そう叫んだところで、既に遅かった。
私は電車に乗せられ、扉は閉まり、電車が動き出したのだ。

「あ、あー」

落胆した。一生、帰れないかもしれない。そんな思いが、私の中で広がっていた。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫