《MUMEI》

 「……ここ、だよな」
とあるマンションの一室
その表戸を前にして、そこに立ち尽くすばかりの井上 真幸は
両の手に担いで来た大荷物を下へと放り置いてしまっていた
まるで家出かと疑われんばかりのその大荷物
ソレを持ち、自身の住居ではない其処に在ったのには理由があった
インターネットで偶然に見かけたルームシェア、その相手の募集
他人と生活費を折半する事が出来れば少しは自身の生活費を浮かせる事が出来るのでは、と
安易な考えでソレに申込、そして今に至るという訳なのだが
呼び鈴を鳴らしてみるが反応はなく
戸を強く叩いてみれば、きちんとしまっていなかったのか
その弾みで戸は簡単に開いてしまっていた
「……すっげ不用心」
家主は不在なのかと中を覗き込み、声をかけてみる
ソレを何度か繰り返していると、奥の方で僅かに人の動く気配がし
そしてゆるりと現れる
「……?」
現れたのは皺だらけの背広を着た男どうやら眠っていたのか、その髪は寝ぐせで乱れまくっている
「何か用?」
耳に心地のいい低音に問われ
井上はつい動揺してしまったのか、返答が遅れる
何とか、自分が此処に来たその訳を伝えると、相手は未だ眠たげのまま
「……ルームシェア?何の話?」
何も知らない、といった様子の相手
だが井上は此処に来る直前
先方と電話で話しをした筈だ、と怪訝な顔をしてしまった、その直後
「私が頼んだのよ。ルームシェア」
井上の背後から聞こえてきた声
突然のソレに驚き、向き直ってみれば
其処には制服姿の少女が一人してを睨みつけながら仁王立ちで立っていた
「……どういう事か説明しろ。美保」
「だから、この人にお兄ちゃんとの同居をお願いしようと思います。以上、終わり」
「はぁ?何だよ、それ」
「いい歳して恋人の一人も居ないお兄ちゃんに少しでも潤いと癒しを上げようっていう妹心よ」
「……訳が分からん」
「じゃ、お幸せに!」
事の説明をこれ以上するつもりが無かったのか
満面の笑みで意味不明な言葉を投げかけてながらその場を後にしていた
すっかり身のやり場に困ってしまった井上
どうしたものかと視線をつい彷徨わせてしまえば
「……悪かったな。訳の分らん事に巻き込んで」
相手からの謝罪
どう返していいのか、咄嗟には解らず口籠ってしまえば
相手の表情が僅かだが緩んだ様に見えた
「ま、住みたいんなら勝手にどーぞ。あそこの部屋、空いてるから」
「けど、いいのか?」
迷惑なのでは、と小さく呟けば
相手は肩を揺らして見せながら別にを返す
「それに、その恰好からすると前済んでたところ引き払ったんだろ」
「……まぁ、そんなトコ」
「そんな奴追い出して宿なしにすんのも気が引けるし。」
という訳で成立したルームシェア
一人暮らしでもなく、家族と暮らすでもない
新たな生活がこの日から始まったのだった……

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