《MUMEI》
1
 「……おはよ」
ルームシェア壱日目の朝
いつもとは違う、慣れない環境に早く眼が覚めてしまった井上
時間をもてあまし、せっかくなので朝食でも作ってやろうと作業を始めた矢先のことだった
どうやらリビングにて一夜を過ごしたらしい家主がのっそりと起き上がってきたのは
昨日みた時と変わらない皺だらけのスーツ姿に、井上は瞬間言葉を失ってしまう
「……あんた、よくスーツ着たまま寝られるな」
「慣れ」
あまり慣れるべきではないのでは、との突っ込みを何とか堪え
相手へとコーヒーの入ったカップを差し出してやった
「あんた、コーヒー飲める人?」
「一応」
「よかった。はい、これ」
朝食が出来るまで飲んで待っててくれ、と手渡して
また朝食作りに戻る井上
その後ろ姿をコーヒーを片手に暫く眺めていた相手
カップをテーブルへと置く音が微かにした後
「そういやお前、名前は?」
今更の様な気がする問い掛けが向けられた
だが互いに名乗っていない事も事実で
コレではこの先色々とやりにくいだろうと納得し
井上は自身のフルネームを名乗ってやる
「井上 真幸。アンタは?」
「田部 孝乃」
まるで名字を連ねたような名前
だが其処は敢えて指摘してやる事はせず
互いに自己紹介が終わった所で井上は出来上がった料理を皿へ
ソレを田部の前へと置いてやった
「?」
ほかほかと温かげな湯気を立てるスクランブルエッグ
食べてもいいのかとの伺いに
「さっさと食って支度しろよ。それからスーツ脱げ。皺伸ばすから」
有無を言わさず田部から背広を引っぺがし
何処からか漁ってきたらしいアイロンのスチームを当て始めた
「……こんなの有るなら使えばいいのに」
呆れたように言ってやれば
だがそれが合ったことすら把握していなかったのか意外そうな顔だ
「そんなもん、有ったんだな」
「はぁ?あんた、自分の部屋だろ!?何があるかくらい把握してろよ!」
「……小姑みたいだな」
「……っ!」
何を言って見てもどこ吹く風
文句を言う事は無駄だと段々と感じられ、溜息一つ吐いて皺を伸ばす事を始める
その途中、手を引っ掛け内ポケットの中身をひっくり返してしまい
入っていた財布の神までもぶちまけてしまっていた
「ご、ごめん!」
ソコは素直に謝罪し、拾う為膝を折る
偶然に手に取った免許証
何気なく見てみたソレに、井上は眼を見張った
「……21歳?アンタが?」
生年月日が井上と全く同じだったのだ
その偶然も驚くべきことなのだが、それより何より
田部が自身と同じ歳であったという事が俄かには信じられなかった
「……そんな驚かんでも」
「いや、だって、アンタ老け過ぎだろ!?」
「そうか?」
自覚はないのか怪訝な顔
そしてなどうしたのか、井上の顔をまじまじと眺め
その頬へと徐に手を伸ばす
「なっ――!?」
「お前が童顔なだけだろ。本当、俺と同じ歳?」
ソレまで無表情だった田部のソレが僅かに緩み
揶揄う様な笑みは、歳相応なやんちゃな顔だった
「じゃ、俺先出るから。お前も学校遅れるなよ」
「わ、わかってるよ」
「じゃ、いってらっしゃい」
井上へと見送る言葉を向け、田部は家を後に
その後ろ姿を見送ると、井上も出掛ける
大学までの道中
晴天の暖かな日差しについ眠気を思い出しながら歩いていると
「お早う御座いまーす!」
背後から聞こえて来た甲高い声
行き成り何だと向いて直って見れば
田部の妹・美保の姿があった
井上へとにこやかに手を振りながら、お早う御座います、と改めて頭を下げてくる
「偶然ですね〜。大学、今からなんですか?」
「そう、だけど。お前は?何で此処に居んの?」
「え?」
「その制服、上村女子のだろ?思いっ切り正反対だと思うんだけど?」
「よ、よく知ってますね。きょ、今日はちょっとこっちに用があってですね。遠周りにはなっちゃうんですけど・……」
「俺らの様子、わざわざ見に来たわけ?」
ソレを指摘してやれば明らかに動揺しはじめ
ソレが図星だった事を確信する
「何が目的?」
「な、何の事ですか?」
「このルームシェア、、アンタには何か企みがあんじゃねぇの?何かそんな顔してる」
「わ、私そんな顔に出ちゃってます?」
「でてる。で、一体何なの?」
「別に、何も企んでなんて無いですよ。全然、全く」

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