《MUMEI》

「誰の供物だって?」
 男は皮肉げに笑った。供物を捧げるべき神や仏がどこにいるというのだろう。
「御前、まだか?」
「まだ喰えねぇのか」
「早く喰わせてくれよぅ。なぁ、紅葉様」
 割り込んで、異形どもが催促の言葉を口にした。
 彼らは元は人間だったのだろうか。
 男が最初に見たような、頭部が獣で、体は人の姿をしている者が多い。酒の所為か欲の所為か、浮世の姿を保てずに、臭気や酔気を吐き出す者もいた。
「待ちや」
 御前と呼ばれた女の声が異形どもを叱りつける。
「じゃあ、その男をくれよぅ」
 おあずけを食らって、鞍替えをするらしい。
 男は不穏な状況にあまり興味を覚えなかった。御前と呼ばれた女に意識を奪われて、呑気にも霞のような記憶をたぐり寄せていたのだ。
 女は、紅葉と呼ばれた。
 確か。東北の方角で子宝に恵まれない夫婦が、天に祈願したところ、授かったのは魔王の申し子だったという噂を聞いた。生まれた女児は美しく成長したが、六欲を好み、鬼女になったという。
 女の名は、紅葉だった。「そうじゃ。この男を仕留めた者に、あの女を一番最初に与えようぞ」
 愉悦を含んでいるであろう口元を扇で隠し、紅葉が口を開く。
「お相手は女の方がいいんだけどなぁ」
 ぽつりと呟いた緊張感のない男の声は、異形どもの意気込んだ幾つもの喚声に掻き消された。

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