《MUMEI》

「名を聞こうか?」
「蓮、と」
 楽しそうな紅葉に短く答える背後で、鴉の顔の異形が刀を振るう。蓮と名乗った男は、後ろ手を頭上に錫杖を掲げて刀を弾いた。
 続いて、杖の塔婆形部分に細工がしてあるらしく、先端を取り外すと錫杖の尻に素早く差し込む。杖の先端が素槍になっており、鴉の二手を防ぐとその喉元を突いた。
「どうしたぁ、お前ら。女を喰らいたいんだろう」
 物足りなそうに言い放った男、蓮は錫杖を旋回させる。嬉々として異形どもを突いては地に伏させる姿は坊主には見えない。
 この男、何者なのか。
 錫杖の槍と化した切っ先は、今や異形どもの流した血に塗れて、月の光も反射しない。
 紅葉は黙って、異形どもが倒されていくのを眺めていた。
 彼女に仲間意識というものは存在しないのか。
「そなたら、全く弱すぎるの。もう仕舞いか?」
…どうやら、ないらしい。
「もう少し楽しませてくれるものと思うたのに」
 欠伸を一つすると優雅に紅葉が立ち上がる。手にした扇を再び閉じると、真っ直ぐ蓮の方へと飛ばした。
「いっ痛っっ」
 冗談のようだが、一本足の異形の足を切断したばかりの蓮の眉間に、扇は見事に命中した。
「雑魚の相手はもうよい」
 自信満々な紅葉の顔を見て、彼は不敵に笑う。だが額に少々、血が滲んでいるところが間抜けだ。
「じゃあ、そろそろ人質を返してもらおうか」
 蓮は落ちた扇を拾い上げると一振りで全開にする。そのまま、満面に紅い葉が舞っている雅な代物を、持ち主の元に投げ返した。
「この娘、お前の何だというのじゃ」
 紅葉は戻ってきた扇を取り上げると明らかに、縛られた少女を嘲笑った。
「村のために捨てられた娘じゃ。哀れで、とても可哀想な生け贄じゃぞ」

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