《MUMEI》

 魑魅魍魎が跋扈する時代、身を守る術を持たぬ者あるいは集団は、人身御供を差し出すことにより命乞いをした。弱き者たちを脅かし続けた異形のために、何人もの娘たちが犠牲になったのだろう。
 錫杖を持っている者は僧か修験者だという常識からか、男は村の救済を頼まれた。彼らは、異形を退治することを生業とする者を頼ったということになる。
 村人の行為が吉と出るのか、凶と出るのか。
「娘の親爺が、あんたを倒してくれってさ」
 蓮は汚れた槍先を拭うと、塔婆形の部分を抜き取り、元の錫杖に戻してしまった。
「一度捨てた娘をもう一度拾うと申すのか?都合のいい話じゃの」
 戦意を喪失したかのような彼の所作は、紅葉を訝しがらせ、言葉は戸惑いを生ませた。
「集団と個人とでは集団の方が強い。特に村のような閉鎖された場では、集団が圧倒的じゃ」
 紅葉が奇妙な表情で、縛られた少女を見る。
 続けて、
「子を差し出すように命令された親は、必ず子を犠牲にする。親であることを放棄して、子を捨てるのじゃ。自分自身の保身のため」
 彼女は、ご立派な持論を勝ち誇ったかのように言い募る。
「見なよ」
 全く黙殺した蓮が、紅葉の背後に視線を促す。
 古木に縛られていた少女が、いつの間にか顔を上げていた。彼女の左頬に蔓珠沙華の花が見える。見事な彫物は、よく見ると首筋にまで続いていた。背中には蔓珠沙華が多数の花弁を開いているのかもしれない。
 ゆっくりと、縄が少女の足元に落ちた。
「お前は、村の娘ではないな?おのれ、あやつら」
 村人の謀りに気づいた紅葉の美しい顔が、怒りと共に恐ろしくも変貌していくのが判る。
 濡れた瞳は紅く染まり、上品だった唇は大きく裂けて、中からは鋭い牙が覗いていた。更に額の左右からは、先の尖った物が突き出ている。
 紅葉は鬼女の本性を現していた。伸びた鋭い刃物のような爪を少女へと振りかざす。
 彫物の少女は身軽に一歩退いて攻撃をかわした。そのまま、鬼女の背後に回ろうとして位置が反転する。

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