《MUMEI》

「成敗を、頼まれた」
 少しかすれた声で、少女が初めて口を開く。
「鬼女紅葉。何人もの娘の血をすすってきたあんたでも、人の血が流れているだろう」
 おかしなことに、諭すように紡がれる言葉には老成した者の趣があった。
「笑わすでない。私は波旬の娘じゃ。人間どもと同じ血が流れているはずないであろう」
 少女が紅葉の言葉に、わずか息を呑む。
 波旬とは、欲界最上位の第六天に存在する天魔の名である。天魔は仏法を害し、人心を惑わして、知恵や善根を妨げる悪魔だ。
 少女と鬼女の対峙を傍観しながら、蓮は想像する。
 紅葉は本当に噂される魔王の娘であるのか。少女は事実の確認を試みたのだろう。結果は、はっきりと出たが、あえて波旬の名を口にしたことで、紅葉の中にあるわだかまりのようなものを感じないだろうか。
「あんたを産んだのは人だろう」
 物理的には少女の言葉は正しい。あくまでも精神的な問題であるはずだ。
「女は私を産んだことで心を壊した。恐怖ゆえにな。女の夫はさぞ私を憎んだろう」
 自分の母親を母と呼べない哀しみは、蓮には判らない。対する少女はどう思っているのか。
「異形への人身御共として私は差し出された。男は、お前が魔王の娘であるならば、生き延びられるだろうと言い捨てて、私を置き去りにした」
 じゃらんっ
 蓮が錫杖を地面に突き立てる。卒塔婆形部にある数個の輪が重く鳴って、鬼女が身動ぎした。鋼の輪が重なり合い、重い音が響き始める。
「ならばなぜ、涙を流す」
 少女の言葉に鬼女が目を瞬いた。紅く輝く瞳から、紅い滴が、怒りのため哀しみのためか、彼女の頬を伝った。
「死に物狂いで私は生き延びた。その私が抵抗もしない娘たちを喰って何が悪い。誰が哀しむという?」
 質問に答えず、鬼女は挑むように、少女の頬の蔓珠沙華を見据えようとする。だが、彼女は見続けることができずに、顔を背けた。

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