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《MUMEI》 「お前が、彼岸の渡しなのか？」 異形は、成敗人をそう呼び恐れた。 彼岸と名乗った少女は身動きできぬまま、肯定も否定もせず、笑った。友好の笑みではなく、相対する好敵手に見せるような、不敵な笑みだ。 「面白いの。殺すには全く勿体ない」 紅葉は、恐れる様子も見せずに呟く。 相変わらず動かない体を持て余したのか、彼岸が首を揺らす。額からは汗が流れた。 「今回は退こう。私を成敗したければ探しに来るがよい。が、また対峙することもあろうがの。その時を楽しみに待っておるぞ」 様々な計り知れない感情が織り交ざっているようだが、あくまでも優位を保つ紅葉に、彼岸が口を開く。 「逃げるのか？」 「ほ、ほ。状況が判らぬようじゃの」 紅葉は優雅に扇を口元に当て、愉悦の笑みを浮かべているに違いない。 「これは置き土産じゃ」 再び、紅葉が天女のような身軽さで、枝から、更に高みに飛び跳ねる姿が一瞬見える。 「待てっ」 彼岸が紅葉の気配を高みに追い、叫んだ。 言葉が発せられるのに、体が動かないことが情けなくて堪らない様子だ。 蓮は一連のやり取りの何もかもを黙殺し、先刻から一心に何やらぶつぶつと唱え続けていた。 体が動かせなくとも、口が動くというならば、彼がするべきことは一つ。 紅葉の狙いだったのか、失敗だったのか。 微かに、蓮の錫杖の先が揺れる。もう一度、気を入れて力を込める。 じゃらんっ 錫杖の鋼の輪が重く鳴って、杖の先が土を深く抉った。 しめたと思った瞬間に蓮は駆け出した。未だに動けない彼岸の方へ、勢いで彼女をすくうようにして、抱き上げると、踵を返して木立の間に転がり込んだ。 直後に、引き裂くような音をさせて、雷撃が彼岸のいた場所を直撃していた。 紅葉が消えて、蓮がいましめを解くまでの間は、さほどの時間はなかったであろう。危ない橋を渡った訳である。 前へ |次へ |
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