《MUMEI》

「柄にもなく、話し合いで決着つけようなんてするからだよ。馬鹿」
「うるさい」
 呑気な声で息を吐いた蓮に、彼岸は憮然とした態度を見せる。木立に伏せたままの蓮を押し退け立ち上がると、紅葉が消えたであろう方角を睨み舌打ちした。
 彼岸と蓮、二人は見知らぬ同士ではない。彼女が異形を相手するのに、武器を使用するのを彼は知っている。だが紅葉に対して武器を抜かなかったのを、黙って静観した。理由はない。
「これからどうする?」
 蓮が問う。
 森には静寂が戻り、月光が下界に触手を伸ばす。
 あれほど倒した異形どもの死体は消え、陰火も焚き火も跡形がない。
「報酬をいただきに行けるとでも思っているのか」
 何もなかったかのような木々の間に立ち、彼岸が肩をすくめる。
 どうだろうか。蓮は木立の間に腰を据えたまま、首を傾げた。
 もう今までのことを忘れてしまったみたいに歩きだす、彼岸の後ろ姿をしばらく見送る。
 彼女の背中には蔓珠沙華の花が咲いている。花弁は紅い。本来、蔓珠沙華の花は白いのだが。
 彼らを此岸から彼岸へと導く者。すなわち、彼岸の渡しと呼ばれ恐れられる。
 彼女の名が彼岸な故に蔓珠沙華が彫られたのか、彫物から通り名となったのかは知らない。
 蓮は自身が何者であるのかさえ判らない。だが彼岸と共に行くことに、今のところ疑問を覚えない。
 只、それだけだ。理由はない。
 蓮はようやく立ち上がると、すでに見えなくなりつつある、彼岸の後ろ姿をゆっくりと追った。


       終幕

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